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ワニ皮の男と金魚のポピンズ「ザムザの朝」Vol.011



金魚のエサはいままでフレーク状のものばかりだった。だが、今夜は特別の日になりそうだったから、金魚にはなにか特別なことをしてあげたかった。そこで、生きたイトミミズやアオウキクサを河原のどこかでみつけようとおもった。さいわいにも、そのような場所があったからだった。

夕暮れになると、なんでもない霊岸橋がいつでもきわだった美しさをおびてくる。

橋脚の丸柱は西陽があたるとわずかながらにエンタシスをおびはじめ、いっそう美しくなって、川面は巨大な水鏡となり、薄暗くなった橋に下に紅をほどこしたような綾な斑紋様を映しだす。それもつかの間で、むらさきから一瞬にして闇となり、距離の意識をするどくなくしてしまうころ、月と水月の光が紅とむらさきにとってかわって、青くあやしげな斑紋様をまた橋の下へと映しだす。その機会をのがさないよう、男は小さなトランクと古びれた赤いギンガムチェックのワイシャツをかかえながら、夕方近く、それを川岸へと置いた。そして大事そうに抱えてきた金魚鉢を、トランクの上に敷いた赤いギンガムチェックの“テーブル・クロス”の上へ飾った。その周囲には、つまり、金魚とワニ皮の男のまわりには無数のロウソクをストーンヘンジのように円くならべ、ひとつひとつへ丁寧に灯りをともしたころ、宵の明星が輝きはじめだしていた。(日刊、時々休刊「 妖精新聞・第二話 」好評連載中/つづく)






| 藤原北家贋物語/未完 | 23:58 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ワニ皮の男と金魚のポピンズ「ザムザの朝」Vol.010



いい気分になってもう一本ゲルベゾルテに火を点けたが、おおきな口からぷわぷわと煙が逃げていくだけですこしも美味しなかった。
するとなにやら、遠くのほうからポレンの香りとともに戯れた流行歌(はやりうた)が聞こえてきた。


   ぶうらん ぶうらん ゆりかごゆれて
   こんやわたしと ねるのはだあれ
   ゆらゆら ゆうらり おふねのせんちょう
   おぎょうぎかしこくせにゃならぬ
   とけいが 六つをうったなら
   ちりれるらいんと おわかれだから
   よもすがら 白いまわたでつつみましょう

   (やぁ〜、やぁ〜、ほれほれ)

   あそびをせんとや うまれけむ 
   たわむれせんとや うまれけん
   あそぶこどものこえきけば 
   わが身さえこそ ゆるがるれ
   ぶうらん ぶうらん ゆりかごゆれて


歌は今朝、霊岸橋の上を西へむかって通りすぎていった白拍子が口ずさんでいたものであったが、風のふむきによってはいまも聞こえてくるのであった。
「あそびをせんとや、うまれけむ」
か? と、男はその節をなぞってみた。
「言葉を喋る金魚!? あれはあれで苦悩していたのかも知れないな」
とおもった。
ふだんは大きな目の玉の硝子鉢でじっと沈んだままでいたが、おれの知らないところでは、くる日もくる日も透明な球体へむかってコッンコッンとぶつかりつづけていたのではないだろうか? おもうがままに遊ぶこともできず、絶えざる刺激を口びるいっぱいに受けつづけた金魚はある日ひそかな「考え」を芽ぶせて、知覚、推理、想像、思惟へと至り、ついにコトバをもったのではないだろうか? と、おもった。おもえばおもうほどに、さっき軽々しく夜の食事の約束をしてしまったが、男はもう金魚との約束を破ることができなくなっていた。
「そういえば、おれの守護天使であり魄(アニマセンシテイヴァ)であるミミヅクには過酷なほどまでセシウムの探索をさせてしまった。そのせいでか、翼はすっかり萎えてしまって、大切な魄であるミミヅクをとうとう見殺しのまま切り裂いてしまった。そればかりではなく、おれ自身も水中深くもぐったり、水底に横たわっていた顔面蒼白いろしたさまざまな顔と出会い、みょうな岩穴をそいつらと一緒にくぐりでてからというものの、いまひとつ調子がパッとしなかった。破壊でもなく、調和でもなく、ただごつごつとした緑色の生き物に変容しただけのことであった」
と、男は自己分析ならず、自己分裂をしてしまっているようであった。
それでも金魚との夕食会をどのようにしたらよいか。と、男は刻々ときどきに迷った。日刊、時々休刊「 妖精新聞・第二話 」好評連載中/つづく)






| 藤原北家贋物語/未完 | 09:40 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ワニ皮の男と金魚のポピンズ「ザムザの朝」Vol.009



男は軽い食事をすませると、物思いにふけった。さっき金魚にはさも忙しそうなふりをしたが、忙ししいことなどなにもなかった。青い小屋から外へでて、夏のなごりの風鈴のしたへ座ってひとりぼんやりと煙草に火をつけたが、あんなにおいしかったゲルベゾルテがまずくってしょうがなかった。体調のわるいときに吸うゴールデンバットにきりかえたが、これもぜんぜんだめであった。風鈴がチリチリ・リとさびしそうに鳴っていた。金魚の手前、なにか仕事をしなければならなかった。で、さて? なにを? とおもったが、そういえば、さっき金魚と夕食をともにする約束をしたことを男はおもいだした。

おれはなぜあんな約束をしてしまったのだろうか? 金魚の口ぐるまにまんまとのせられたようにおもったが、考えてもみればおかしなことで、なぜ金魚がコトバを話したのだろうか? と、不思議でならなかった。だが、金魚が話したように、現代では機械が感情を持ちはじめているご時世だから、おれたちとおなじ生き物である金魚に「意識」があってもおかしくはないだろうし、「意識」があれば喋りもするだろう、とおもった。そうおもえば思うほど、金魚との約束はいいかげんなものであったから、金魚の手前、ありもしない仕事を探しだすことはまことに難儀なことであった。

煙草をなくした指があてのない虫のようにうごめいていたが、やがて無意識のまま、ふと冷たいものに触った。腰からぶらさげていた黄金の羅針盤であった。黄金といっても、まさか本物の18金じゃあるまいし、「貧者の黄金」と呼ばれている真鍮で型どられたものであった。なかなかに美しいその羅針盤をなにげに男は手にとって、肉の薄い蓋をコッキンと開けてみた。そこに青い親針がW極を指しているのをみつけたとき、男はいいようのない郷愁を感じてしまった。
「旅へでたい」
ザムザ人間になってしまったワニ皮の男は、そのとき、そうおもった。(日刊、時々休刊「 妖精新聞・第二話 」好評連載中/つづく)






| 藤原北家贋物語/未完 | 08:56 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ワニ皮の男と金魚のポピンズ「ザムザの朝」Vol.009



男は軽い食事をすませると、物思いにふけった。さっき金魚にはさも忙しそうなふりをしたが、忙ししいことなどなにもなかった。青い小屋から外へでて、夏のなごりの風鈴のしたへ座ってひとりぼんやりと煙草に火をつけたが、あんなにおいしかったゲルベゾルテがまずくってしょうがなかった。体調のわるいときに吸うゴールデンバットにきりかえたが、これもぜんぜんだめであった。風鈴がチリチリ・リとさびしそうに鳴っていた。金魚の手前、なにか仕事をしなければならなかった。で、さて? なにを? とおもったが、そういえば、さっき金魚と夕食をともにする約束をしたことを男はおもいだした。

おれはなぜあんな約束をしてしまったのだろうか? 金魚の口ぐるまにまんまとのせられたようにおもったが、考えてもみればおかしなことで、なぜ金魚がコトバを話したのだろうか? と、不思議でならなかった。だが、金魚が話したように、現代では機械が感情を持ちはじめているご時世だから、おれたちとおなじ生き物である金魚に「意識」があってもおかしくはないだろうし、「意識」があれば喋りもするだろう、とおもった。そうおもえば思うほど、金魚との約束はいいかげんなものであったから、金魚の手前、ありもしない仕事を探しだすことはまことに難儀なことであった。

煙草をなくした指があてのない虫のようにうごめいていたが、やがて無意識のまま、ふと冷たいものに触った。腰からぶらさげていた黄金の羅針盤であった。黄金といっても、まさか本物の18金じゃあるまいし、「貧者の黄金」と呼ばれている真鍮で型どられたものであった。なかなかに美しいその羅針盤をなにげに男は手にとって、肉の薄い蓋をコッキンと開けてみた。そこに青い親針がW極を指しているのをみつけたとき、男はいいようのない郷愁を感じてしまった。
「旅へでたい」
ザムザ人間になってしまったワニ皮の男は、そのとき、そうおもった。(日刊、時々休刊「 妖精新聞・第二話 」好評連載中/つづく)






| 藤原北家贋物語/未完 | 09:50 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ワニ皮の男と金魚のポピンズ「ザムザの朝」Vol.007



金魚鉢にはそのような思い出があって、それへ夜店で掬ってきた金魚を泳がせながら「自発する光」とかなんとかいって魅せられていたが、ようするに、すこしでも絵が上手く描けて楽な暮らしができればと願ったまでのことであった。しかし、仕事机の上へくだんの金魚鉢を置いて《戒め》だとかなんとかいっているようではうだつの上がらない時代遅れな絵とき画家(イラストレーター)でしかなかった。そういえば、川へ落ちた青年を助けたあとどれくらい眠っていたのだろうか? おれはこんな姿になってしまったが、金魚もお腹を空かしているだろうとおもって金魚用のエサが入っている瓶の蓋をすこし離れたところで男が開けたとき、金魚がぐるりと一回転してこちらをふり向いた。埴谷氏や澁澤氏は金魚には意識がない、あっても混濁したものである。と言っていたが、こうしてエサをもって近づけば、金魚はサーカスのアイアンボール(地球儀みたいな円い檻)のなかを上下左右自由自在に走りまわる紅いオートバイのような格好をして、円い金魚鉢のなかでうれしそうに回転をくりかえす。そして最後にはジャンプをしてみせた。男はこれにはおどろいたが、金魚はすました顔をして、
「ワニさん、おはよう」
と言った。
「ワニ………? ………!」
「はい、ワニさん、おはようございます」
「ごつごつとした、このおれというケダモノは、ワニ!」
「はい、ワニです」
「……… ……… ………」
「あなたはワニさんなのですよ」
男は黙ったままでいたが、このところのじぶんは一時代を繁栄して滅びていった爬虫類のたぐいへおもいをはせながら、荒あらしい力をどこかで養っていたようでならなかったから、フンッ! とせせら笑っておいてから、紅い金魚に質問をした。
「おれ自身のことは大体わかったが、偉い先生方がきみのような魚たちには瞼がなくって、そんでもって「意志」がないと言っているがほんとかい?」
金魚はプクプクッと泡を吹いてから、
「それはそうかも知れないが、そうでないかも知れないな」
と応えた。
「一体どういうことなんだい?」
と、男が言った。
「あなたも知ってのとおりでしょうが、宇宙船ディスカバリー号(映画『二〇〇一年宇宙の旅』の)をあやつっていた魂のごときHAL九〇〇〇型コンピューター製造番号三号には感情があった。つまり、「意識」があったのよね。機械に意識があるんですもの、金魚にだって………」
と言っておいてから、金魚はホホと笑った。(日刊、時々休刊「 妖精新聞・第二話 」好評連載中/つづく)






| 藤原北家贋物語/未完 | 09:18 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ワニ皮の男と金魚のポピンズ「ザムザの朝」Vol.006



では、いかようにして登場するか? 全集第十二巻「映画論集」巻末にて「金魚鉢のなかの金魚」として語りだすが、氏はそれが映画論集の巻であるにもかかわらず、「意識」という小説の謎々をここぞと引導して、熱く語りだす。


人間が人間の意識をもち得るためには、瞼という、眼球の蓋がなければならなかった。なぜかといえば、眼球は蓋をされ、外界の自然の光をさえぎられることによって初めて、その内部に自発する光をたたえることができたからである。魚のようにいつも眼を見ひらき、外界を映しつづけている生物には、この闇のなかで自発する光は持ちようがあるまい。だから魚には意識がないのだ。
いや、かりにあったとしても、その意識はきわめて混濁した、ぼんやりしたものでしかあるまい。とすれば、人間の意識とは、この外界の光を拒否した、暗く閉ざされた眼球の内部の奥深くにひそんでいる、自発する光からのみ生じたものといわねばならぬであろう。(『埴谷雄高作品集』第十二巻「映画論集」より、澁澤龍彦「金魚鉢のなかの金魚」より抜粋す)

または、「埴谷雄高はイメージの作家、あるいはヴィジョンの作家」とつけ加えて氏は筆を置く。


こうしたことがらと出会って以来、男は絵を描くものの一人として、あるいは人として、いつからかルドンのポスターを飾り、それ自体つるつると光った思考の存在としての金魚鉢をたえず身近へ置いていた。「自発する光」へむかうための戒めとして、地球儀のようになって傾いている金魚鉢と、透明な水のなかに沈んでいる金魚の瞳孔とを一種のティーチング・マシンとしながら、聖なるものにいくぶん近い青の色のビニールシートが張られてあった室内でほそぼそと生きてきた。ところが、セシュウムによって犯され、誑かされ、未来永劫とりかえしのつかないポレンがこの鼻梁へ漂い寄ってきて、受粉し、男の体内で拡散しながら変容(メタモルフォーゼ)してしまった現在となっては………朝起きてもみればこのようにごつごつとした珍奇なケダモノになり下がっていることの愚かしさよ。嗚呼! 夢であればいいのにとおもってみたが、愚かしさは現実のものであった。(日刊、時々休刊「 妖精新聞・第二話 」好評連載中/つづく)






| 藤原北家贋物語/未完 | 10:27 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ワニ皮の男と金魚のポピンズ「ザムザの朝」Vol.005



軸のずれた金魚鉢を男が河原でみつけたことによって金魚を飼いはじめたのには一つの理由があった。

いまよりは健康(あるいは不健康)であったころ、男は絵を描くことを職業としていた。職業柄、好きな画家はたくさんあったが、好きとも嫌いともいえない画家にオディロン・ルドンがいた。色彩やタッチという視覚的な外面性ではなんら問題なく、とても好きな画家であったのに、描かれた内面的世界にたいする自身の不理解さをごまかしたくって………そうしたじぶんの曖昧さのほうがむしろ気になって、それで好きでも嫌いでもなかったのであった。そのころ、図案家の杉浦康平という人が意匠した『埴谷雄高作品集』と男は出会った。ゆらめく星雲のような、あるいは黴の生えたような装丁は不可解ななにかを十六箱の化粧箱に啓示して、図案家があみだす美しくも神秘的な仕事にみちびかれながら、全集のうちのほとんどを買入したことがあった。豚に真珠、猫に小判。泥に灸ではあったが、それを読んでみた。

般若さん(埴谷雄高。本名、般若豊)の全集第二巻「短編小説集」の巻頭にあった「不合理ゆえに吾信ず」の意味はわからずも、おもしろく読めたし、つぎの「虚空」も《ござんしょう》言葉でおもしろかった。そして「意識」という小説を読んだとき、「ああ、般若さんはオディロン・ルドンがきっとお好きであろうに」と。あるいはまた、オディロン・ルドンが蝶の鱗粉がごときパステルを駆使しながら彼の内的幻視力でもって闇のキャンバスへ接近し、黒々と塗つぶしていったヴィジョンを、般若さんは活字でもって描写したんだな。とも、豚でもなく猫でもなく泥でもない、黴のような男は直感したのだった。ルドンの描く『眼は奇妙な気球のように無限に向かう』『地の精』『子供の顔をした花』『オアンネス』『黄色いマント』『キュクロープス』『海底の幻想』『ヴィジョン』『おそらく花のなかに最初の視覚が試みられた』『いたるところ鐘は燃えさかる』など、般若さんの「意識」を読んだあとではルドンの秘密がことごとくあばかれていくようでならなかった。「意識」という小説について細かくここでとんちゃくするつもりはないが、ルドンに描かれてある《光》のような表徴として、「意識」では河沿いにある淫売窟の娼婦の部屋にぽつんと置かれてあった金魚鉢の中空で、じっと沈んだまま身動きひとつせずに眠っている金魚の飛びだした眼球(瞼がなく、ゼラチンにも似た粘膜質の中でなんの反応も示さなまま見開かれている黒い瞳孔)を観察している主人公が“意識”についておもい煩う物語であった。そうした主人公のおもいを代弁してやまない語り部として登場したのがフランス文学者であるところの澁澤龍彦氏であった。とはいうものの、突如、かのフランス文学者がその物語に登場したわけではなかった。(日刊、時々休刊「 妖精新聞・第二話 」好評連載中/つづく)






| 藤原北家贋物語/未完 | 16:06 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ワニ皮の男と金魚のポピンズ「ザムザの朝」Vol.004



男はじぶんが珍奇なケダモノになぜなったのだろうかという難問はこのさい棚上げにして、一刻も早くなにかを身につけたかった。無論、これまで着ていたものはすべて細切れにちぎれ、素っ裸だった。近くにあった他のズボンを穿いたが、細いズボンは破れてしまった。こうなってくると聖なるものにいくぶん近いはずの小屋の中はちぎれはてた衣服や寝袋があちこちに散らばって、狼に襲われた鶏小屋のように滑稽なありさまとなっていた。滑稽といえばあれはいつのことであったろうか?………中国が初めて原水爆実験をおこなった前の年であったから………そう、あれは一九六三年であったとおもうが、時の中国は、ソ連やアメリカには土下座するつもりがないと宣言したあと「中国人はたとえズボンを穿かなくても、核兵器をつくってみせる」と断言したことがあった。男はそれをおもいだしてクッと笑った。いまのおれのように素っ裸となってひらきなおってでも、中国は翌年の一九六四年、忘れもできない東京オリンピックのさなかに初の核実験を強行したのであった。

その後、わが国はオリンピックの力を借りながらうかれにうかれて高度成長したことにだれも異論なんぞあるはずはない。しかし、いつもどこかでボタンをかけ違え、責任の主体を隠蔽したまま、多くの問題は白い手袋の中へ包みかくしたままにしておいて、なにやらにぎにぎしいパフォーマンスだけが世にうける。あげくのはては調子ぱっずれなリーダーたちがつぎつからつぎへと交代していってもなんら危機感のない国へとなり下がってしまった。そうした中、お隣の中国とていろいろあったろうからズボンが穿けたか穿けなかったかはともかくとして(「ズボンを穿かない」ということは「たとえ百年かかっても」という意であろう)、二〇〇八年には夏季オリンピックを開催し、常任理事国入りさえはたしてしまった。

珍奇なケダモノになってしまった男はお隣さんに習って、今後はズボンを穿かないでがんばってみようかとおもったが、いまさらなににがんばったらいいのかさっぱり見当もつかず、そんなことよりまずは羞恥なこの身の上を隠蔽することのほうが先決であり、それが本音であった。

男は野宿に近い生活をしていたにもかかわらず、清潔という意味において、それはなかなかのオシャレさんであった。
五色川の上流から、ある日どんぶらこっこどんぶらこっこと棺桶ほどもあるフィッシャーマン・トランク(船箪笥)が流れてきたことがあった。男はこれを拾って聖なるものにいくぶん近い小屋へもちこんで、それを衝立がわりに立てながら蓋をひろげ、大小四段の棚の上から順番に「ガラクタ入れ」「洋服入れ」「本箱」にしていた。本箱は二段にして使っていたが、そのうちの一段へ板を渡し、板の片方にはブロックや煉瓦を置いて水平をたもちながら経机のようなものにして楽しんでいた。トランクの上には四季折々の花をかざり、机の上には硝子でできた金魚鉢が置いてあった。これも前の河原で拾ってきたものであったが、青い花びらの部分が欠けていたり、猫足の脚がひとつ壊れているがために、ゆるく傾いていた。男は地球儀のようにかたむいて軸のずれた金魚鉢をことのほか気にいっていて、しごくあたりまえに、そこには夜店で掬った紅い金魚が一匹だけ泳いでいた。(日刊、時々休刊「 妖精新聞・第二話 」好評連載中/つづく)






| 藤原北家贋物語/未完 | 12:22 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ワニ皮の男と金魚のポピンズ「ザムザの朝」Vol.003




   ぶうらん ぶうらん ゆりかごゆれて
   こんやわたしと ねるのはだあれ
   ゆらゆら ゆうらり おふねのせんちょう
   おぎょうぎかしこくせにゃならぬ
   とけいが 六つをうったなら
   ちりれるらいんと おわかれだから
   よもすがら 白いまわたでつつみましょう

橋を越えるまでは純潔だった少女が、霊岸橋を渡ったとたんにそのような戯れ歌とも子守唄ともつかない歌を唄いながら、古い都への道をひとりぼっちで辿っていった。

このとき、男は、手アカで馴染んだ寝袋がまるで白い真綿にでもつつみ込まれたかような息苦しい状態になっていることに気づいた。抜けだそうにも抜けだせず、ごつごつした何かが寝袋にひっかかっていた。うつぶせのまま辺りをうかがい、あっちこっちとさぐってみたが何ひとつ変わったことはなかった。が、むりに身をそらせて首をひねったとき、ゾッとした。龍のシッポのような細長いヘンなものが寝袋の腹を裂いて横たわっていたからである。尻を動かせばそのヘンなものもいっしょに動いた。───とんでもない出来事に、一瞬! 男は全身の筋肉や筋がズタズタに裂傷してゆく不快な痛みをともなうとともに、言うにいわれない恥ずかしさや驚きの屈辱にさいなまされてしまった。さいなまされて、どうすることもできずにしばらくは破れてしまった寝袋のなかでジッとしていたが、こうしたことはどこかでいつも待ちわびていたような、そうしたアンビバレントな快感をともなった途方のない状態へ徐々に徐々に落ちこんでいったが、やおら男は、もう自身がどうしょうもない珍奇なケダモノになったことを悟った。

すこし落ち着くと、急に尿意をもよおした。寝袋をひきちぎって立とうとしたが立てなかった。男はそのままの格好で小屋をでると、草の生えた河原をえらびつつ、五色川へむかってゾロゾロと這いつくばって進んでいってた。小石が腹にあたって痛かったが、なにかから逃れるごとくかまわずに歩いていって、ドブンと川へころげ落ちた。あとは得意なもので、川の真ん中まで泳いでいってから用を足し、岸辺の草むらに手をつきながら一、二歩と歩いてみた。落ち着いて歩けばぞんがいにうまく歩けたので、岸から這い上がってからはさっき覚えたばかりの術をたよりに、立って身体が倒れるまえに足を交互に交差させて必死で小屋をめざしながらダダと走った。途中、人に見られたようであったが、その人はさして驚いてはいなかった。(日刊、時々休刊「 妖精新聞・第二話 」好評連載中/つづく)






| 藤原北家贋物語/未完 | 14:14 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ワニ皮の男と金魚のポピンズ「ザムザの朝」Vol.002


そうした青い小屋の前を流れている五色川から一輪の花を流せば、ものの五分とかからないところに刑部神社(おさかべじんじゃ)があって、すこしはなれた上流には福王神社があった。川は北から南へと流れていて、北の釈迦ケ岳を背にして橋の上から左右を望めば、左へと至る道のむこうには新しきひがしの都があって、右へと至る道のむこうには古きにしの都があった。いわばその橋は「辻」となっていて、山の道と海の道、東の道と西の道、右岸左岸の闇の道。通称、六角町地獄ガ辻と呼ばれる場所はここのことであった。

ドーン、ドーン、ドーン。と「時」を告げる野太い音がひきしまった曲線をなして聞こえてきた。刑部神社の太鼓の音である。それと時をおなじくして、遠くのほうから柔らかな殻が割れたときのようなやさしい調子でうきうきとした音がしている。あれは福王神社の太鼓の音で、白い雲に反響しながらゆったりここへ流れ聞こえてくる音であった。
「ドーン、ドーン」「う〜き、う〜き」。
「ドーン、ドーン」「う〜き、う〜き」、「ドーン」。「ドーン」。
「ドン、ドン、ドン、ドン」、「ドォォォーン!」。
まこと腹に響く音であったが、それでも男は目を醒さなかった。

流れていった花がとうに刑部神社の前を過ぎていったころ、ひとりの手弱女(たおやめ)が歌を口づさみながら橋の上を通り過ぎていった。白拍子か遊女であう? 声は小鳥の羽音のようにここちよく、しずかなものであった。ところが、微弱であるはずの声に男はなぜか反応して、目を醒ました。大きな口をあいて伸びをして、もぞもぞと身体のむきをかえようとしたが、おもうように動かなかった。男は腹ばいになったまま起きあがろうとしたが起き上がれない。無性に腹が空いているのに気がづいて、これは朝寝坊したとおもったが、空缶に挿しておいた銀木犀のこまかな花が青いビニールシートの上で腐った黒虫のように潰れ散っているさまを発見したとき、男は怪しいとおもった。
「おれはいったい、どれくらい眠っていたのだろうか?」
と、ひとりごちった。(日刊、時々休刊「 妖精新聞・第二話 」好評連載中/つづく)






| 藤原北家贋物語/未完 | 22:48 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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