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DESDE EL ALMA 心の底から


タンゴだけでも青息吐息!
ワルツなんてぜんぜん踊れませんが、
タンゴで踊るワルツを
バルスタンゴと言います。

あ! 曲名は『DESDE EL ALMA〜心の底から』・・・。
http://www.youtube.com/watch?v=wgsgS614gOM








| タンゴ・ヒグラシーノ | 00:03 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
アルゼンチンタンゴ・ダンス解剖学


昨日、オスバルド・プグリエーセ楽団の「チケー/Chique」や、「チケー」の曲でタンゴを躍るカップルの動画を当ブログへアップしましたが、カップルのダンスを見ているうちに悪戯ごころが湧いてきました。つまり、二人のダンスを解剖してみようと思い立ったのです。不思議なことに、普段いくら動画を見てもそのような大それたことは微塵も考えつきませんでしたが、なんだか不意にメスを持ってみたくなりました。

わたしはアルゼンチンタンゴ・ダンスを習いはじめてまだ11ヶ月目のド素人です。男性は五年かかると聞きますが、わたしはわたしなりに一生懸命に学んできました。しかし当然ながら、ミロンガ(アルゼンチンタンゴ・ダンスパーティー)ではわずかなステップをこねまわす程度です。リードの程もままなりません。そんなわたしが似非な解剖をしたところで埒もないことですが、たとえ出血多量で目が回ったとしても、自身の勉学のために一つやってみたいと思うのです。

そして、アルゼンチンタンゴ・ダンスの本当の面白さを皆さんとともに楽しんでみたいのです。



解剖学「チケー/Chique」其の

「チケー」の曲が流れますが
フォルテッシモの和音らしき音が
グワワァ〜ンとのっけから吠えます
やがてヴァイオリンの弓がギコギコと鳴き
男は右足から 女は左足のラピスから互いに目覚めます
粋な男は粋な獲物を見つけて歩みはじめますが
女も男の行動を受けて立ちます
一瞬! 
すれちがいざまお互いの匂いを確認しますが
二人はすでに気を許し合っています
なぜでしょうか?

二人の歩き方を見てください
二人はすでに相手を理解しあって受入れあっています
互いに仙骨を立てている結果
見えない尾が二人のヒップから素敵に立っています
つまり
おなじ匂いをすでに発散しあっているのです
男は俄然女よりもスタイリッシュな歩き方で迫ります
牡とはそうゆうものですから
その牡が歩くともなく歩きますが 
脚より先に上半身が目的の獲物にむかって進む歩き方です
爪先はレーダーとなって
地上に漂う女の匂いをキャッチしますが
女も同様 男をキャッチしています
互いに目には見えない立派な尾を振りかざし
尾のバランサーを利用しながら
推進力を一瞬 後足となる五指へ伝えます
身体は当然ながら前へ押し出されます
押し出されたことによって宙に浮いた身体を支えるため
股関節から自然 前足となる膝が進み出ます
「慣性の法則」で
後に残された足は知らず知らずのうち手前へと送り出されて
前にあった足は後へと後退します
後ろ足はまたも前方へ進み出て
その場で五指を拡げながらしっかりと床をつかみ
最初と同じくスクリュウーのような推進力をここでまた発揮します
このようにしながら
胸と肩甲骨と仙骨と五指とで歩いている
彼らの優雅な歩き方は基本そのもので実に見事な歩き方です

うほッ、ほ! 
バンドネオンが調子づいて二人を囃子立てはじめました
いよいよアブラッソ(抱擁)ですね
でも 本日のオペはここまで!?

明日の朝一番の新幹線に乗って大阪へゆきますから、続きはおあずけです。


『身体、タンゴと精霊』Vol_001





| タンゴ・ヒグラシーノ | 00:18 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
二つの心


踊れ 踊れ
二つの心
おおきな声で跳ねずとも
ちいさな声で聞えるよ

おでことおでこ
くっつけて
ないしょの話で
踊ろうよ

可愛い 可愛い
お嬢さん
わたしの声は聞えるか
金と銀と青い声

踊れ 踊れ
踊ろうよ
百合の靴と薔薇の靴
ごっつんこ

くすくす くすくす
ごっつんこ
ディグ・ダン ディグ・ダン
ないしょだよ

千両 万両
なくっても
靴はまだ大丈夫だし
踊ろうよ

ディグ・ダン ディグ・ダン
二つの心
絹の糸をつむぎあい
そして回ろう

踊れ 踊れ
二つの心
おおきな声で跳ねずとも
ちいさな声で聞えるよ

ディグ・ダン ディグ・ダン
二つの心一つにつむぎ
ないしょの話で
踊ろうよ


*昨夜は今年はじめてのミロンガ(アルゼンチンタンゴ・ダンスのパーティー)に出かけましたが、まだまだリードが伝わらず、頭の中が真っ白になりました。しかし、相手によってはスムーズなステップが踏めるようになりはじめました。四月でようやく一年目を迎えようとしています。今年もまたがんばろうと思います。







| タンゴ・ヒグラシーノ | 13:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
風の精霊


若葉を運ぼう
じぶんより大きな切れはしの帆に
雑木林の風が吹く
ハキリアリは
ヨットのように走ります

巣の中へ運んで
細かく細かく切りきざみ
唾液をまぜて
白いカビを生やすんです
生きるために

だからおもいきり運ぼうか
この道を走って
パラソルをさしていた
あの人のように
風に揺れながら

だけど巧くは走れない
恋なんかしちゃいないけれど
蟻んこ 蟻んこ
一年生
アゴも腰もまだ弱いから

ひだりから吹く風はみぎへ流して
みぎから吹く風はひだりへ流して
とっても強い風が吹くときは
風の精霊さんに挨拶してから
身体ごと回ります

目にはみえない風さんと
蟻と若葉はつがいになって
くるり くるり 
くるり くるり
風の伴奏を奪いとる

風と反転しあい
風の斜め前へ立って
風を誘惑しながら
風と交信し
風を抱きしめるんです

アゴも腰もまだ弱いから
じぶんの皮はたえず剥ぎとって
凸凹の道だけれども
手をひろげ
まっ青な風を抱きしめるんです

のぼせながら
熱気のままに
大きな切れはしの帆をかすめては匂う
風の精霊さんを抱きしめて
ハキリアリは
ヨットになって走ります

*「ハキリアリ」に敬意をはらい、リュック・ベッソン製作・脚本の「トランスポーター/運び屋」を御覧下さい。画像は「トランスポーター3」ですが、イタリアの美しい拳銃Beretta M1934らしき銃でジェイソン・ステイサムは脅されます。そのジェイソン、イタリア製のスーツがバッチシ決まってる。







| タンゴ・ヒグラシーノ | 00:08 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
ひふみよいむなや


蟻さんと蟻さん
ごっつんこ
あんまり手足が多いので
ごっつん ごっつん
ごっつんこ

みぎへいこうか
ひだりへゆこか
もたもた もたもた
ごっつんこ

ごっつん ごっつん
けんかじゃないよ      
8の字お尻が    
ゆれてる      

ゆらゆら ゆらゆら
しているうちに
金のステップふんでいる
銀のステップふんでいる

ごっつん ごっつん
ごっつんこ
ごっつん ごっつん
ごっつんこ

なかよしこよしは
身を寄せあって
ひふみよいむなや
踊ろうよ

足 足 ふみふみ
うでくんで
であえてよかった
踊ろうよ

くるくるくるくる
ごっつんこ
ひとつになって踊ろうよ
ごっつん ごっつん
ごっつんこ







| タンゴ・ヒグラシーノ | 00:38 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
哲学する幾何探戈


只今アルゼンチンタンゴ・ダンスの修業中です。探戈(タンゴ)は幾何学的連続のダンスであり、わたしのようなものにはにっちもさっちもいきませんが、そのことが魅力であり、魔力であり、哲学的でもあります。片方の足は未来の領分へ突込んでいて、もう一方の片足は過去へ踏み捨てられながらも、たえず中間部(アウゲンブリック)にある前後裁断された“絶対無”をフェイクな恋人とともに旅をしなくてはなりません。「ロード・オブ・ザ・リング」のフロドとサムのように・・・たえずして。


*当ブログ、「軍艦茉莉號-M310」のプロフィールより転写。







| タンゴ・ヒグラシーノ | 10:17 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
『緋牡丹博徒』第四弾、「二代目襲名」



順番からゆけば第三弾となりますが、こちらの都合で第四弾「二代目襲名」からゆかせてもらいます。


『緋牡丹博徒』第四弾「二代目襲名」は小沢茂弘監督(一九六九年)の製作です。

筑豊は遠賀川の流域沿いに岡蒸気(筑豊本線鉄道)を走らせるため、矢野竜子こと、通り名を“緋牡丹のお竜”の叔父さんにあたる河辺の貸元(嵐寛寿郎)がその鉄道敷設工事を請負っておりました。だけん、岡蒸気が走ったら筑豊の石炭を川舟で運んでいた川船頭らはおまんまが喰えなくなってしまいます。そこで、赤不動の勘蔵率いる川船頭と河辺一家はことあるごとに衝突していました。そんなある日、些細ないざこざから河辺の貸元が倒れます。そこでお竜さんがその後を継いで矢野組二代目を襲名し、川船頭らがおまんまを喰えるように鉄道局へ交渉し、なおかつ、彼らとともに鉄道工事を無事完成させるも、以前から工事の利権や「鉄道局永久出入札」の特権を虎視眈々と狙っていたゲスな荒木田一家がおうちゃくをして、お竜さんの堪忍袋の緒が切れる。

北九州といえば火野葦平の『花と竜』がありますが、第四弾「二代目襲名」は働く男たちの物語でした。もちろん、女性のお竜さんも半纏を着て働いていますが、う〜ん、なんだか半纏が似合っていないゾ! それに、お竜さんのことをスベスベした肌の博多人形だとみそめた三下ヤッコの人足が、夜半お竜さんに夜這をかけようとフンドシ一丁のまま倶利迦羅紋々の汚ねぇ尻をくねらせるアップがあったり、オチャラケがあったりで「こりゃもうダメだ!」と思いましたが、氷雨(ひさめ)に濡れた一匹狼の矢代(高倉健)が現れるたび、魅かれつつ、映画は後半あたりからシャンとしはじめました。

任侠映画とはいえ、この映画には社会派リアリズムの匂いがあった。筑豊炭田の地下で働く人や馬橇、飯場の間取り、国家事業とその請負、兄妹愛、果し状など・・・書けばこれと言ったほどのことは別段ないが、なにかしらソシアルなリアリズムが妙にあったように思います。

  新しいものができたら
  旧いもんは襤褸布(ぼろっきれ)のように消えてゆく
  だが 岡蒸気に負けたんやない
  あんたの真心に負けたんや

そう言いながら、最初は矢野組と反目していた川船頭の大親分、赤不動の勘蔵(石山健二郎)が自分の手下の若衆らをお竜さんにゆだねてゆく下りには、新しい時代の鉄の扉の重さに否が応でも押しつぶされてゆく人々の悲哀があぶり出されていました。


ささ、いよいよ遠賀川の喧嘩場(ミロンガ)です。今宵のミロンガの見どころは、なんたってぇ〜そりゃ〜お竜さんの“カンザシ手裏剣”と“十字クロスからの抜き手術”です。

映画「二代目襲名」では斬った張ったの殴り込みや鉄火場での勝負、また、その場所でのいざこざなどもなく、悪役の荒木田(天津敏)も人間臭かった。そして喧嘩も“果し状”によってなされるが、「遠賀川中間(なかま)鉄橋下にて・・・」と言う果し状からさっするに、工事現場は現在の筑豊本線筑前垣生駅あたりではなかったろうか? と思う。

  修羅の渡世に
  抱いて咲かせぬ
  恋心・・・

  遠賀(おんが)の夜霧に
  散るか緋牡丹

  下る三途の遠賀川
  八巻き襷(たすき)の白装束
  浮いては還れぬ
  今宵のミロンガ

  泣いて聞かそか第四弾
  探戈(タンゴ)緋牡丹その
  列伝を

灰色の霧の中の鉄橋の下で、健サンが斬られたゾ! 撃たれたゾ! 刀が折れて、やや、また斬られるゾ! あぶないナ〜。その時、横笛小太刀を口へくわえたお竜はんは髪のカンザシ投げすてて、惡タレにみごと命中その後は、お伝地獄か八百屋のお七、髪もザンバラ振乱し、ゲスの侠客荒木田へ、じりじり、じりッと歩み寄る。

じりじり、じりじり、じりじり、じりッ! 二人の探戈(タンゴ)がはじまって、じりじり、じりじり、じりじり、じりッ! 荒木田が振り降ろした大刀をお竜はんの小太刀が下から受けて二人はあわや! 磁石のようにくっつ(抱擁/アブラッソ)いて、じりじり、じりじり、じりッ! 踊る二人はクロスのまんまの腕相撲。男が勝つか女が勝つか、ゲスの大刀をお竜はんが右手の小太刀で受けた刹那、横笛仕立ての鞘を持った左手で補助的に受けながらの十文字! う〜ん、お見事なクロスじゃわい。じりッ! じりッ! 一歩も引かぬぞお竜はん。重心は前へ踏ん出した左足へ乗せてはいるが、やや!笛の鞘になんぞ未練なく、補助にしていた左手を下から上へとねじあげた瞬間! 相手の手と柄を右方向へ払いながら軸足を右に移して八の字(オーチョ・パラ・アデランテ)を描き、背にまで回った小太刀を返し、ドス暗い夜霧の中を泳いでいるゲスのノドをかき斬ったゾ! おおッ! 今度はそのまんまの勢いで踏ん出した左足を軸足にしながら左回転(ヒーロ・パラ・イスキエルダ)するゾ! やッ! いったん間を取り、宙へ浮かせながら円を描いていた(ラピス)右足を地へ着け、重心をそれに移しながら闘牛士のように前へ一気に突き進んでゲスの腹をば、一刺し(パセ)に突く。

これにて二人のパートナーはいま、まったく関係がなかったかのように離れてゆく。

  修羅の渡世に
  抱いて咲かせぬ
  恋心・・・

チャンチャン!

今宵のミロンガはこれまで、またのミロンガで逢いましょう。
では左様なら。


*今日の一曲は五木寛之作詩、山崎ハコ作曲の「織江の唄」です。 







| タンゴ・ヒグラシーノ | 12:47 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
『緋牡丹博徒』第二弾、「一宿一飯」



太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪降り積む
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪降り積む        三好達治の「雪」より


昨夜のタンゴ・レッスンの帰り道、雪が降っていました。侠客のお話しをするにはぴったんこの夜です。ささ、お待たせしました。鈴木則文監督『緋牡丹博徒』第二弾「一宿一飯」を、とはずがたり風の探戈緋牡丹列伝(タンゴヒボタンレツデン)にてお送りいたしやす。

『緋牡丹博徒』第一弾が上映されるやいなや、日本中に喝采の嵐が吹きすさんで、この『緋牡丹博徒』「一宿一飯」は同年にすぐ上映されました。そして、以後シリーズ化されます。

時代背景は第一弾に引きつづいて明治の中頃、場所は生糸の産地である南上州とか。妙義山麓に広がった富岡あたりだろう? 薩摩や長州の侍が政府の高官となり、産業革命に乗じて日本も近代化の道へと馬車馬のごとく突っ走っていた頃だろう。だから、うまい汁を吸おうとするダニの輩が、情報のまったくないシモジものを利用して、高利貸やヤクザ、それへ腹黒い高官等がよってたかって絹の利権をかすめ取ろうとする物語であった。そんなケダモノたちを、横笛小太刀でバッサリとお竜さんはこらしめる。

第二弾の中心テーマは、なんたってお竜さんの“女の命”です。

肌へ緋牡丹の墨を打って、その刺青に“女”を封じたとはいっても、お竜さんも女なのです。別嬪さんでお美しいのです。できることなら恋もしたいのです。だけん、自分との約束は消えんとよ! ああ、今回のお竜さんはなんだかとってもつらそ〜だ。お竜を守って死んでいった男(鶴田浩二)へ心底ナミダを流すぞ! 哀しくって、哀しくって、秋の祭が終ったあとの、やぐらの上の太鼓(樽太鼓)も叩くぞ! 

はい! そんな訳でして、お竜はんは只今人生の並木道にて迷いに迷った修業中の身にてがんす。

映画の前半は少々チャラケたところやエグイところもありましたが、細い番手の糸で織った白地柄や黒地柄の結城紬らしいお着物を、流れ者の身でありながらも取っ替え引き替えにシャリッと召されているお竜さんはとってもお美しくって可憐だし、正絹をあつかう製糸工場もでてくる(ぼくが通っていた暁学園は平田紡績の広大な敷地に建っていました)し、まあ堅いこといわずに見ているうちに、いつしか映画の世界を歩いていることに気づきます。

貧しい農民が狭い部屋でお蚕さんを飼い、あかぎれた手で桑を摘みながら生糸を巻いていたんじゃ戦争にも勝てない・・・で、日本も産業革命なのです。映画では借金のカタに取られた女子たちが機械化された生糸工場で朝昼晩と働きづめです。証文は脂ぎった高利貸が持っていて、その高利貸とバラケツのヤクザがグルになって政府の高官と裏でいちゃいちゃやっとります。そんなアホたちに鶴田浩二サンもお竜さんも勘弁ならないのです。だって、意地クソが悪い輩なんだから。お竜はん、もっといてこましたれ! いてこましたれ!!

そんな惡タレの仲間たちにあの菅原文太サンが入ちょりました。どこでどう道に迷ったのか、今回は政府の高官等から利権をものにした悪役の天津敏サン演じる笠松一家(笠の松とは“寄らば大樹”的な金看板でんな)へワラジを脱いどった。おそろしく痩せた身体に桜の皮を捲いた細身の仕込み刀をいつも持ち歩いていて、あのやつれかたは、武士の成れの果てのような邪気がおましたな〜。

ヨヨッ! お竜さんの濡れ場です!! やッ! す、すいません。あげまきに〆上げた黒髪へ八重にほつれて広がった正絹白無地の元結が、まるで白牡丹のように咲いていて、それが震え、泣いておりました。濡れ場ではありまっせん、世話場です。

じゃここでセバスティアン・ピアナの『悲しみのミロンガ』をちょっくら聴きまっしょ!

上州のつむじ風が呼んだ男、「人斬り州」こと風間周太郎(鶴田浩二)とお竜さんがアブラッソ(抱擁)しながら踊る出入りのラストシーンは素敵ですが、その前の序曲として、上州のあばら屋で見せた二人の時間は、まるで『悲しみのミロンガ』をゆったりと踊るたった三分間の現実の中の恋人たちでした。

見ておくんなせい! 女と生まれて、人を本当に好きになったとき、一番苦しむのは、こん汚してしもうた肌ですけん。

お竜さんは只今女を捨てるための修業中ですが、な、なんと、上州もんの風間周太郎にメロメロなんです。でもこんなお竜さんはめったに見られませんから許しまっしょ・・・でも、お竜さんはこの男に好きと言えないのです。で、紅い珊瑚玉のカンザシを選別代りに落としてゆくんです。哀しいですね〜ェ、ニクイですね〜ェ、可愛いですね〜ェ、見ているこちらまでもがもうメロメロになっちゃうんです。

世の中はち〜とも変わりませんが、明治どころか昭和までもが遠〜いものになりやした。で、昭和なんですが、高校生のころ「おい、踊ろっか!」と言われれば、それは「喧嘩を売られた」ということでした。今と違ってGパンを穿いたりオートバイに乗っているだけでケンカを売られたのです。つまり、自分がしたいことをすればリスクを背負い込むということをこのとき身をもって学習しましたが、周太郎もお竜さんも長いものにはち〜とも巻かれたくなくって、それで踊ってばかりいるんです。『緋牡丹博徒』「一宿一飯」でも二人はやっぱ踊りますが、踊り終ってホッとしたころ、空っ風の上州周太郎は、息もたえだえの三下ヤッコにチャチな猟銃で背中を撃たれて死んじゃいます。しかし、こんときのお竜はんのアブラッソはピカ一でおましたでぇ。


  きみは黒い目を閉じた
  きみの顔は白くなった
  そして私たちはきみの沈黙を運んでいく
  鐘の響きにつれて
  月は水に落ちた
  痛みがわたしの胸を打った
  百本のギターの弦とともに
  わたしは悔恨をかみしめた

  愛してしまったことの悲しみ
  小径に残るきみのささやき声
  もうきみを見ることのなかった
  道たちの悲しみ
  墓地の静けさ
  星たちの孤独
  こんなに痛い思い出 (部分)

    『悲しみのミロンガ』より 作詩/オメロ・マンシ 作曲/セバスティアン・ピアナ


ドンドン タタタン
ドンドン タタタン
泣きます 泣きます
泣いてます
秋のやぐら太鼓を打ちながら

トトトン トントン
トトトン トントン
太郎を眠らせ 太郎の屋根に雪降り積む
次郎を眠らせ 次郎の屋根に雪降り積む


*トップの写真はタンゴの先生から頂戴した『岩手早池峰/のむヨーグルト』です。濃厚なわりにさっぱりとしたレア・チーズケーキのように美味しいヨーグルでした。『緋牡丹博徒』「一宿一飯」の舞台が上州富岡なので、それへちなんで、お蚕さんのご馳走である桑の葉の実のポリフェノールも満開な、北佐久群蓼科町桐原産佐研フ−ズの桑の実ジャムを落としてみました。







| タンゴ・ヒグラシーノ | 11:11 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
「緋牡丹博徒」第一弾


かの人は、なんと姿かたちがよいのやら。

そのかの人は、九州は熊本の五木にて博徒家業の父親の手で育てられたが、かの人が十八歳の春、父は何者かによって闇討ちされて死んでしまう。母はかの人がいまだ幼かったころ死んでいて、父の四十九日には無残にも、矢野一家は離散する! 

それから五年、犯人が残した唯一の手掛かりである財布を懐深く隠し置き、緋牡丹の刺青に女を封じ込んで父の仇を討つために旅へ出る。

はたして、花ビラカンザシを髷へ挿していたおぼこ娘のかの人は、いかにして、そのような見事な姿かたちになれたのだろうか? 

かの人とは矢野組二代目矢野竜子、通り名を“緋牡丹のお竜”・・・

映像として、“緋牡丹お竜”の仮象をつくりだしている実体の花は藤純子です。父親は東映映画会社のプロデューサー、仁侠映画ブームを巻き起こした俊藤浩滋その人です。

ともあれ、緋の牡丹が矢野竜子なら、白い牡丹は藤純子。赤勝て! 白勝て! 
これはどっちも相方現実の〈かたち〉なのです。




はい、それではいよいよ映画「緋牡丹博徒」の上映ベルがリリと鳴っておりますので最前列の椅子へご案内いたしやしょ!

第一作目となった「緋牡丹博徒」は一九六八年製作で、監督は山下耕作。もちろん東映映画で、藤純子の父親である俊藤浩滋がプロデュースしています。うぅ〜ン、白い牡丹と緋の牡丹が入り混じって複雑なロゼになってきやしたぜ!

純子、一九四五年和歌山県御坊市で生まれる。
お竜、十八歳の春から数えて五年の月日、肥後熊本五木の生まれ。

一九六八年引くことの一九四五年は二十三歳。
十八年足すことの五年は二十三歳。
白、赤ともに同い年・・・純子は上方舞の山村流日本舞踊の扇を手持ち、お竜は九州小倉藩に伝わった戸田流小太刀をものにする。うぅ〜ン、ロゼを通り超して独自な〈かたち〉になってきたゾ! ぞぞ、ぞくッと致しまする。

第一作目「「緋牡丹博徒」のお竜はんの魅力は、なんたってその〈かたち〉と〈初々しさ〉にあると思います。

素足に雪駄。
小股の切れ上がった着こなし。
黒っぽい着物に赤襦袢。
独鈷模様の博多帯に矢の字の結び。
帯締めは、ときに浅葱、ときに赤。
右背中と帯の間へ龍笛型横笛の仕込み小太刀を所持。
右肩甲骨上あたりの柔肌へ彫られた緋牡丹の花。
首筋をしっかと見せる髪型は芸奴巻風セットアップ。
珊瑚玉のような赤い簪を左後ろ髪へ挿す。

まあこれらは記号ですが、人はどのような記号をどう選び、どうモノにしながらどう板に付けてゆくかが一つの人生であって、ほんまもんの記号はお金では買えまへん。お竜はんはそれをストイックに纏って生きてはる。

そんな姿を画面で見た途端、これからはじまるであろう映画そのもののストーリーよりも、フィルムに映っていない過去のリールを逆転に空転してみたくなるのはわたしだけでしょうか? 未来へ未来へとお竜はんの姿が映しだされれば映しだされるほど、侠客として過してきた五年間の境遇や、男親が知らないでいたであろう少女時代の立ち位置をついつい想像してみたくなる。

可愛らしい花ビラカンザシの前垂れ姿は竜子をカタギの娘に育てあげようとした父への手前、それは孝行であり、母を早くに亡くした竜子は孤独や失意を友として、存外に気丈な性質(たち)であり、ある種、鳥のような自由人であったやも知れない?

スススッ!と歩くカミナンド・スタイルは、アンシンメトリックな S字の〈かたち〉が宿っています。これは着物という特異性がそうさせるのでしょう? 高倉健サンも菅原文太サンもみなピサの斜塔のようになって歩いています。実際着物を着れば解るでしょうが、男も女も合わせの上前が右側にあるために、ビミョ〜ではあるが、身体を左半身にして歩くと歩きやすいせいだと思います。ウムッ! これが日本の〈かたち〉でがんす。

悪たれゴロツキが日本の〈かたち〉で歩くお竜はんを取り巻けば、そいつは実にアブノーござんす! だって右手で上前をつまみ上げながら肩を前へ突き出したままススッと前屈みのカミナンドで間合いへ入り、右肩甲骨と帯のあいだへ仕込んだ横笛小太刀を空いた左手でひょいと抜刀すれば・・・ハハ、首が飛んじゃう。

まあそんな訳でして、一匹狼の高倉健サンや四国道後の熊虎親分(若山富三郎)サンや大阪堂万一家の女親分のおたか(清川虹子)サンらに助けられ、父親殺しの加倉井(澄んだ響きの良い名前だが、大木実が健サンの弟分の役でズルっこい男を演じる)を追いつめてゆくが、最終編(第八弾)の「緋牡丹博徒/仁義通します」と比べてみると、お竜はんはなんと初々しいことなのでしょうか。

悪気はないが、唯一手掛かりであった財布を健サンにスリ取られても(健サンそりゃねえぜ)ただアングリとするこまったちゃん顔であったり、くすぐればついなんでも喋ってしまいそうな危なっかしい口元や、「自分は男たい!」と言えばいうほどまだまだ女性の愛らしさが残っていたりしています。横笛小太刀を使ってもアゴがちょっと引けたりして、いまだかけ出し中の旅人でがんす! て感じ。第一作目の「緋牡丹博徒」のお竜はんは、健サンならずも誰もが護ってあげたくなるような女性でした。

小太刀といえば、小太刀はずいぶん不利だろうナ? と思っている人があるでしょうが、中途半端な気持ちでダンビラ(大刀)を抜くよりも、不利な小太刀を道具にしている者は最初から気まがえが違うから、半端な相手が寄ってたかってダンビラ抜いたとしても白刃の中を身体ごと泳ぎきって、八乃字戦法のオーチョをしまくりながら、相手とすれ違いざまに手首の動脈を撫でてゆく。これはまあなんとネイキッドなタンゴ(探戈)でしょうか。

お竜はんは飛び道具のペストルを、ときに箸休みに使いますし。ハイ!

では、これで第一作目「緋牡丹博徒」はまとめにはいりますが、この映画の時代設定は明治の中頃となっています。官営事業がつぎつぎと払い下げられて、平民が苛酷な労働や低賃金で奴隷のように働かされていた頃でしょうか。ストライキがあちこちで勃発して、やがてとてつもない大喧嘩、そう、日清戦争がはじまろうとしています。







| タンゴ・ヒグラシーノ | 00:05 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
「探戈緋牡丹列伝」仁義口上



ご当家の親分さん! お姐さん!
影ながら御免(おゆるし)こうむります
向かいます上(うえ)さまとは
今日向(きょうこう)初の御意を得ます
従いまして 生国*は
肥後熊本でござんす
熊本は五木の生まれ
姓名の儀は矢野竜子
通り名を緋牡丹のお竜と発します
御視見(ごしけん)の通り
しがなき者にござんす
行く末お見知りおかれまして宜しくお引き立てのほど
お願い致します

*映画「緋牡丹博徒」第一作目冒頭での口上仁義では、この箇所は“せつこと”となっていましたが、わたしには意味不明のため「生国」としました。ご承知の方はお教えあれ。


                * * *

お正月の三ヶ日ぐらいは日本人魂に包まれていたいと・・・
親から白を黒だと言われても
つろうござんす浮世のしがらみ
だけん筋目を通すオトコとオンナ!
粋な着こなし!
無言のコトバ!
じっと見つめる多弁な目線!
その間合い!
その身のこなし!
その殺陣姿!
ストイズムがものを言う
映画「緋牡丹博徒」シリーズを見まくりました。

第一作目冒頭での口上仁義(折上がっての仁義)を言う時の着こなしは、全編においてお竜はんのほぼ定番御用達となっています。黒っぽいお着物に派手な矢の字結びの博多帯! それへ横笛小太刀をブッ挿して、ちらちらちらつく襦袢と前屈みになればなるほど胸の奥からのけぞってくる帯揚げは赤色です。


さて! まずはファーストシーンのタイトルクレジットがよか。こりゃグッド・デザインもんですたい。

画面いっぱいに伸びた長四角な白い盆が敷かれてある鉄火場の中心に、お美しい緋牡丹のお竜はんが凛とした胴士ぶりで「手本引き」をやっている。盆のぐるりには殺気みなぎった客がジーッと身動きせずにお竜はんの手の筋を睨んどる。このときの映像は、レオナルド・ダヴィンチ作「最後の晩餐」の絵を彷彿とさせてくれた。盆の中心にいるマリア像のようなお竜はんは、白いテーブルの奥で手を拡げているイエス・キリストであり、客はユダのようなむくつけき男衆ばかりが雁首揃えて一喜一憂してはった。

画面はそのうち白いサラシの盆だけを残して上部全体がスクエアな黒ベタに戸板返しされ、それへ赤文字のクレジットが浮かんではすぐにも白文字になって消えていく。さらに株札(花札)のドアップが浮かび上がったと思うと紫袱紗へそれを包み込んで、白いサラシの盆の上へそっと置くが、フィルムがアンダーなために袱紗は黒いスクエアな塊となって、それへとまたもクレジットが赤く白く消えてゆく。こんなふうにしながら画面が変わってゆくごとに黒いマッスが画面をしめ、その空間へ太ゴシック体のクレジットがテンポよく、赤く白く消えてゆく。

株札の赤と白と黒の絵柄!
白いサラシの盆が用意されている暗い鉄火場と赤い文字!
お竜はんの口紅や玉簪や帯揚げの赤色と黒い着物に巻きつけた博多帯の白さ! 
指の白さ! 脛の白さ!
闇路に赤く白く咲き消えてゆく!


ああ! いくらでも書きたいことが山ほどあっていゃんなっちゃいますナ!

正月は毎年こんなふうにして「高倉健全曲集」を聞いたり赤と黒と白の世界を映画などで堪能してますが、こんたびは一つ、当ブログで「緋牡丹博徒」全八弾についてなにかポッリと書いてみたいと思っています。はなしの筋を書いてもしょうがありませんし(でも書かなきゃ解んないだろうし)、長ったらしくはしたくないし(しかし筋を書けば長くなるし)少々不安ですが、独断と偏見にみちた妄想劇場であることだけは確かだと思います。

さても妙なことに、先だっては今年引いたみくじのことを書きましたが、あのみくじは考えれば考えるほど「緋牡丹博徒」の矢野竜子を表徴しているようでなりまっせん。





























これから少しづつ書いてゆくわたし流「緋牡丹博徒」は、「探戈緋牡丹列伝(タンゴヒボタンレツデン)」とでも称しておきましょうか?






| タンゴ・ヒグラシーノ | 01:37 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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