Michihico み組 BlogMuseum/花鳥風月虹の博物館
http://blog.michihico.com/
∞ 「花鳥風月虹の博物館」は、ホームページ「三千彦み組虚空博物館」の別館として活動します ∞
ja
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鉛筆派22回展
今年も『鉛筆派22回展』に参加します。
共通課題テーマ「 THE ZOO 」と自由作品を含む、84名160点余りの鉛筆画作品の展示会です。宜しければご高覧下さい。
■会期/2024年2月29日(木)〜3月5日(火)
■時間/AM11:00~PM18:00 最終日PM16:00迄
■場所...
共通課題テーマ「 THE ZOO 」と自由作品を含む、84名160点余りの鉛筆画作品の展示会です。宜しければご高覧下さい。
■会期/2024年2月29日(木)〜3月5日(火)
■時間/AM11:00~PM18:00 最終日PM16:00迄
■場所/コート・ギャラリー国立
■電話/042-573-8282
http://www.courtgallery-k.com
■住所/186-0004 国立市1−8−32
■アクセス/JR国立駅南口を出て立川方面線路沿い徒歩2分
* * *
『簪を挿す憂き姫はバラ窓をまた開く』
死して浮遊し、変遷しながら新たな肉体へまた宿ると言われるタマシイの本気度を、あるいは嘘パチかも知れないことを考えているうち、ふッと幼いころに見た蛇の泳ぎっぷりを思い出してしまった。広い川面の上をゆったりと辷ってゆく蛇の姿はむろんのことだが、あとへ残した美しい波形が見事であった。なぜそのようなことを思い出したかは解らないが、新たな “からだ” となるための母胎へ向かい一心不乱に流転してゆく生きとし生けるものたちのタマシイとは… イノチとは… たぶん、そのように健気なものであろうと感ずるからだ。(ブラックなこの作品は原画を陰画にしたものです。出品作品とは異なります) 他に、『ボルヘスの牛頸』という小品を出品します。
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poem_ 簪を挿す憂き姫はバラ窓をまた開く
Icon_ 簪の蛇はバラ窓を開く
size_ 545×424mm 2024
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インフォメーション
2024-02-22T11:38:00+09:00
佐藤 三千彦
JUGEM
佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018760
2024 H a p p y N e w Y e a r !
2024 H a p p y N e w Y e a r !
新年明けましておめでとうございます。
源氏物語/宇治十帖〈浮舟〉の沈黙… かの姫君の行く先を探索しつづけて三年目、おと年も、去年も、あっちへごっつん、こっちへごっつんの日々でした。さて本年はどうなりますか? ...
2024 H a p p y N e w Y e a r !
新年明けましておめでとうございます。
源氏物語/宇治十帖〈浮舟〉の沈黙… かの姫君の行く先を探索しつづけて三年目、おと年も、去年も、あっちへごっつん、こっちへごっつんの日々でした。さて本年はどうなりますか? どうか懲りずに、お心温かなおつきあい宜しくお願い申し上げます。
とは言え、めでたい新年早々に能登地方や各地に強い地震がありました。能登半島は以前に能登町や珠洲市の近くまで旅したことがありました。思い出深いところですが、多くの方々がお亡くなりになったり行方不明や怪我や孤立、避難を余儀なくされたままです。今後、大雪や吹雪にもなるでしょう。余震はいまだ絶えないままですが、被害を受けた皆様のご無事をただ祈るばかりです。
一刻も早く普段の生活が戻りますように… と。
写真は同じ敷地内にある21階建ての屋上から元旦に眺めた遠くの富士山です。「 やすらぎの綾のかけら/P E A C E P i E C E 」の光が少しでも届いてくれればと鳥に託して…
椿は散りても地上で二度咲く神木神花です。古代より霊気ある花のポレンを鳥へ託して…
* * *
沈黙を余儀なくされた憂き姫の無言が、いつか言葉にならない叫びをもって歌詠みびとの西行と「やすらぎのかけらの都」にて出会い、そして、なにかを語り詠いだすのを吾は夢見て… (写真最上段)
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日々是好日
2024-01-01T09:29:00+09:00
佐藤 三千彦
JUGEM
佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018759
A P O p T O S I S /アポトーシス
;汚れちまった都会の水 vs 美味しい水を飲む
蜜のついた手の王とブナの姫君に就いての考察日誌
歩いて約2Kmのところに区立の赤塚植物園があって、そこに痩せてはいるがブナの樹が一本ある。以前にはもう一本あったが、枯れたかなにかですでに伐採...
汚れちまった都会の水 vs 美味しい水を飲む
蜜のついた手の王とブナの姫君に就いての考察日誌
歩いて約2Kmのところに区立の赤塚植物園があって、そこに痩せてはいるがブナの樹が一本ある。以前にはもう一本あったが、枯れたかなにかですでに伐採されていた。ブナは暑さに弱い樹だからしかたないが、現在あるブナの葉は小ぶりだし、中核をなそうとしている枝は上のほうですでに枯れている。この先がちょっと心配な一本だ。
ブナの樹皮は特徴ある美しいまだら模様で覆われているのが通常だが、残念ながらその模様はない。まだ若いのか、すぐ乾燥してしまう都会の土壌のせいであるのかは解らない。近くには同じブナ科のコナラやシラカシもあって、饐えたリンゴのような匂いをツンとさせていた。クヌギが樹液を流し、懐かしい風景がそこにはあった。アカボシゴママダラは指で触っても知らんぷり、貪欲に樹液をむさぼっている。カナブンは縄張り争いをして賑やかであった。みんな生きてゆくのに一生懸命生なのだろう。
* * *
;楽器も歌もわたしは弱いが、音楽家の“沈黙”とは一体どのようなものだろうかと思ってヴァレリー・アファナシェフというピアニストの詩集『乾いた沈黙』を手にして読んだ。そして彼の音楽を聴いた。そのころからコロナが蔓延しはじめた。
:2021年の暮れ近く、読んだことのなかった『源氏物語』を読んで見ようと思った。読んだといってもザッとであるが、『宇治十帖』のあたりから気配が変わりはじめ、いつしかまじめに読んでいた。ヒロインの姫君〈浮舟〉は物語の筋とは関係なく口を閉ざしはじめ、言葉を失くし、やがて沈黙したまま、長々しかった『源氏物語五十四帖』は突然に終わってしまう。わたしはこのとき、大きな課題をその沈黙からネジ込まれたようでならなかった。
;街へ出る機会も減り、近所の植物園や武蔵野崖線をひたすら歩いては〈浮舟〉の行方を考えた。そしていつか発するであろう彼女の(そして自分自身の)叫び声を想像しては、雑木林のなかで木の葉や木の実を拾ったり、虫をながめて遊んでいた。「フッ!」と、むかし読んだ夏目漱石の『草枕』や、つげ義春の『紅い花』が動きだす。
;心にわだかまったカタチを思うように表現できず「もう描くのは止めにしようか」などと考えるが、本心ではなんとか“その”カタチを創り出してみたいという願望だけが蓄積されてゆく。そんなだらしのない迷いを野の花が癒してくれた。あらためて、自然の力を思い知ると同時に〈浮舟〉の行先は森でしかないと思う。それ自体、繭だから。
; A P O p T O S I S (アポトーシス)とは、多細胞生物がより良い状態を保つために積極的に引き起こす細胞自殺のことで、毛虫が蝶に変身する際の細胞死をいう。2番目のpが黙字(サイレント)となっていて、好きな言葉だ。
;2023年3月28日、坂本龍一氏が亡くなった。生前の彼については通り一遍のことぐらいしか承知してないが、彼の死を日ごと重く感じるようになった。けれども、こればかりはしかたがない。氏のご冥福を祈るばかりだ… 余談だが、伊福部昭が野坂恵子のために書いた二十五絃箏曲集『琵琶行』がとても好きなので、坂本龍一が沢井一恵に書き下ろした『箏とオーケストラのための協奏曲/点と面』を彼の死後、よく聴いた。最終楽章の「autumn(秋)祈り・コラール」に至っては、深い眠りと覚醒が極度に循環していて、音と音のあいだの沈黙に〈浮舟の君〉の本性を見るようでならない。
あと一つ、坂本氏のアルバム『async』のノートに書かれてあった彼の言葉を要約する… 作品をいじればいじるほどその良さは失われ、それに気づき、重ねたものを剥ぎ取っても、初めにもっていたアウラは失われている… 今のわたしには一番のクスリかも知れないな!(笑)
;そのクスリを服用しても未だ治癒しないが、ふたたびに、ヴァレリー・アファナシェフの詩集『乾いた沈黙』をまた開く。言葉と言葉の〈あいだ〉に隠れているコトバは、もう以前のコトバではなかった。と、知ることだけはできた。
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宇治十帖
2023-07-06T14:03:00+09:00
佐藤 三千彦
JUGEM
佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018758
中村宏「戦争記憶絵図」展
遅ればせながら、本日、中村宏氏の「戦争記憶絵図」展/銀座 ギャラリー58へ行ってきました。
リアルには強烈な感動があります。鈍い青空に、ジュラルミン製のB29が荒いタッチで白く描かれていて、それがキラキラと光りながら空を滑りつつ飛来してゆく。それへ...
遅ればせながら、本日、中村宏氏の「戦争記憶絵図」展/銀座 ギャラリー58へ行ってきました。
リアルには強烈な感動があります。鈍い青空に、ジュラルミン製のB29が荒いタッチで白く描かれていて、それがキラキラと光りながら空を滑りつつ飛来してゆく。それへ加え、3枚組の絵画がその荒いブレをより強調するがためか、胸に迫るものがあって美しく、それゆえに悲しくなるような、見るものを複雑な気持ちにさせる作品群が並んでいました。
氏が唱えている「モンタージュ技法の援用」を自分なりに探るのがとても楽しかったです… 見るものを夢中にさせる“組合わせ”がどこにどう隠されているのか、などと眼を開いてはみたものの知りうる術はありません。右へ左へ唯ぐるぐると歩いている自分が嬉しかっただけです。明日が終了日です。伺う方はお気をつけて! 土曜日は17:00迄です。
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日々是好日
2023-06-02T16:53:00+09:00
佐藤 三千彦
JUGEM
佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018757
宇治十帖〈浮舟〉の沈黙… モノリスの鏡
宇治十帖〈浮舟〉の沈黙… それから乃これから
『 モノリスの鏡 』
かのひとは生きていた
かの憂きひとは生きていたのだ
青じろい水のなかから
空気のなかを
たづね歩いて
ゑんのOzぬの紅い森を
歩いていた
もう砕けるな------ と
おんな...
宇治十帖〈浮舟〉の沈黙… それから乃これから
『 モノリスの鏡 』
かのひとは生きていた
かの憂きひとは生きていたのだ
青じろい水のなかから
空気のなかを
たづね歩いて
ゑんのOzぬの紅い森を
歩いていた
もう砕けるな------ と
おんなは在りて在る
一つには
ほの暗い森のなかできんきんと鳴っている
朽ちることのない
孔雀明王咒の神器にも似た
ふるい鏡が置いてある庭先の
その鏡にとり憑かれ
歌詠みするおんな
神遊びする舞踏のおんな
幻影に------
制約に囚われるな と
一つには
かの鏡はおんなにとっての蛹である
毛虫が蝶に変身するための
舞うための 業(わざ)
積極的細胞死への神器なのだ
遊べ 戯れよ
雲ひとつない天空へむかって
耐えよ 耐えよ------ と
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宇治十帖
2023-05-28T21:47:00+09:00
佐藤 三千彦
JUGEM
佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018756
『光琳の生きた時代/国宝・燕子花図屏風』展
根津美術館で開催されている『光琳の生きた時代/国宝・燕子花図屏風』展を見ました。
六曲一双で構成された二つ一組(12枚組)の空間美を楽しんできました。まるで“花のワルツ”です。すぐ隣には異様な形の小舟にのった住吉明神が化身した漁師と、唐の詩人・白楽天を描...
六曲一双で構成された二つ一組(12枚組)の空間美を楽しんできました。まるで“花のワルツ”です。すぐ隣には異様な形の小舟にのった住吉明神が化身した漁師と、唐の詩人・白楽天を描いた『白楽天図屏風(六曲一隻・6枚組)が立て掛けてあって、小舟は第二扇目の中にほぼすべてのフォルムがタテ状に描いてあった。ふつう印刷物などで見ると舟はおかしなフォルムをしているが、ジグザクとした屏風なので、舟の描かれた一扇だけが眼に飛び込んできて、小舟がとても自然であったことに驚きました。
同時開催されていた展示室に置いてあった前漢時代の青銅製の長頸瓶は美しかった。
青銅から出た緑青のサビが薄桃色をしたオレンジであったり、浅黄であったり、薄白緑や濃白緑などが鱗のように綾をなし、それへ青や白のサビが浮いていた。さっき見たものはフッ飛んでしまったが、だからこそ、人間のつくりだした稀なワザは愛おしいなと思った。
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日々是好日
2023-05-12T21:30:00+09:00
佐藤 三千彦
JUGEM
佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018755
スカンノの少年/マリオ・ジャコメッリ
鉛筆派21回展『LUNATIX/ルナティックス』の初日、S氏に撮って戴いた写真をみた瞬間! わたしはマリオ・ジャコメッリの写真『スカンノの少年』を思いだしてしまった。酒がまわって蒼白い顔をして立っているわたしがその少年だと言いだしたら「笑止千万、なにを寝言を...
鉛筆派21回展『LUNATIX/ルナティックス』の初日、S氏に撮って戴いた写真をみた瞬間! わたしはマリオ・ジャコメッリの写真『スカンノの少年』を思いだしてしまった。酒がまわって蒼白い顔をして立っているわたしがその少年だと言いだしたら「笑止千万、なにを寝言を!」と笑われるだろう。けれども、わたしはそう思ったのです。ともあれ、そのことよりもリズム感あるこの五人の間合いがなんともいいのです。がしかし、人気のない街角に唯ひとりアカの他人の青年が佇んでいます。彼はこのなかのキーパーソンで、顔のわからない青年こそが『スカンノの少年』であり、わたしの分身でもあって、五人の、いや、傍で写真を撮ってくれているS氏とS氏の奥様それぞれの分身でもあろう…
(七人のうち、わたしの知人は二人だけ。あとの方は初対面でした)
ジャコメッリといえば、虚無だとか孤独、生と死、異界、時間や夢といった冠がついてまわるイタリアの写真家ですが、わたしはそのことよりも、人気のないこの街角に立っている七人(八人)の出会いが嬉しくてならないのです。
人気のない夜の富士見通りに長々とある黒いアスファルトを剥いでしまえば、武蔵野の大地がそこにはいまだ広がっていて、鳥が、獣が、風がむかし、それぞれの場所からそれぞれの樹々の種子をこの一角へと運んできて、そして落していった。落ちた種子はここの場所で育ち、今日の今日、七本の樹々は夜風に吹かれてご機嫌なのだ。この偶然性がわたしは嬉しいのです。一瞬の、空間と時間のなんと美しい現(うつつ)であろうか。
PHOTO ; ICHIROU SAKAMAKI
2023年鉛筆派展は無事終了しました。お越しいただいた皆さま、あるいは出展者の皆さま、ありがとうございました。感謝です。
源氏物語・宇治十帖〈浮舟〉より;空也聖獣
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インフォメーション
2023-04-26T16:39:00+09:00
佐藤 三千彦
JUGEM
佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018754
アポトーシス / A P O p T O S I S
コート・ギャラリー国立で開催される『鉛筆派』21回展が近づいてまいりました。お時間、おついでありましたら覗いてみて下さい。
* * *
『 月的なるものを巡って/LUNATIX 』
■会期/2023年4月20日(木)〜25日(火)
■時間/AM1...
* * *
『 月的なるものを巡って/LUNATIX 』
■会期/2023年4月20日(木)〜25日(火)
■時間/AM11:00~PM18:00 最終日PM16:00迄
■場所/コート・ギャラリー国立
■電話/042-573-8282
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■住所/186-0004 国立市1−8−32
『 ゑ ん の O z ぬ の 紅 い 森 』
---------------- 源氏物語、宇治十帖〈浮舟〉の沈黙… かの女性(浮舟)のゆく先がどうしても掴めないまま、一年はあっという間に過ぎてしまった。なぜであれば「パラダイスを遠く離れて」が当初からの眼目であったがため、その人のゆく先ばかりを考えていたからだった。けれども、パラダイスは存外と近くにあったのである。
散っても地上でなお咲いている椿の花は、希望の花。だから浮舟も好きであろうと勝手に妄想しながらその椿を一つひとつ拾って歩いているうち、妖しいほどに黒ずんだのを拾ったとたん、私は原初的なる神々の森へと迷い込んでしまっていた。と同時に、オランダ出身の画家チブ・ホーフヒムストラの作品集『Ilslands/島』に書かれてあった序文のコトバを思いだす。以来、そのコトバが離れなくなってしまった。
チブ・ホーフヒムストラがイメージの要素を
そのまま残したり、省いたりするプロセスは
ちょうど毛虫が蝶に変身する際の“細胞の死”
つまりとアポトーシスに似ている。
------スラフカ・スヴェラコヴァ博士
アポトーシスをより詳しく調べてみると、「アポトーシスとは個体をより良い状態に保つために引き起こされる積極的な細胞自殺!」とあった。また、語源であるギリシヤ語 apoptosis の第2番目の「p」は黙字(サイレント)であると記してあった。
総じて、彼女の孤独から引き出される言うにいわれぬ黙字「p」の無言・無声は、大自然なる沈黙の森で、たぶん、もう孤独であることをやめるであろう。けれどもそう簡単に心を開き、思いのたけを述べるだけの語彙や文法を持つまでには至らない。ほんとうの意味での彼女の蘇生は、深い森のなかでサナギがじっと静かに眠っているような“森の時間”を経なければならない。みずからの魔はみずからの意志で殺し切りおとさないかぎり、絶望はより深まってゆくはずであるから。
ところで、無手勝流で読んだ源氏物語を思い返せば、浮舟はふたりの男に愛されて、入水するほどの錯乱状態から横川の僧都に助けられ、なお深い森をめざし、途中、乞食(こつじき)の聖である空也と出会ってひとしきり踊り狂うも、都という平地文化が色濃く残った六道の辻を揺れてゆきかう男女の戯れがもどかしく、ひとり紅い花を拾っては、山の奥へ、奥へと歩いて行かなければならない業のようなものを、彼女はすでに持っていた。
浮舟の父親は桐壺帝の第二皇子である光源氏と異母兄弟をなす第八皇子の八ノ宮だが、浮舟の母親が身分の低い女性であったがため、八ノ宮はそのことを恥、浮舟を我が子だと認めたくない過去を持っている。おまけに、八の宮は光源氏とは敵対する右大臣家・弘徽殿の大后(桐壺帝第一夫人)の権力闘争に利用されるも、道半ばで投げ出されてしまうという哀れさであった。そんなふうな父親をもつ娘の心情とはいかなるものであったろう。父を思慕しながらも、その不誠実さと意志の弱さを幼いころからすでに見抜いていたのではないだろうか。そんな自身の生い立ちをもって、薫ノ君や匂宮ノ君をみてはいなかっただろうか。ならば、彼女の久遠の春は一体どこにあるのだろう。紅い花を拾っては、山の奥へ、奥へと歩いて行かなければならない「もののあわれ」を一身に背負った女のいのち、その人の夢とはなんであろうか…
源氏物語をこんなふうにみるとき、私は紅い椿の花が咲きほこっている深い森全体をひとつのサナギとたとえ、さらには、その森でもってやがては羽化するであろう眠り姫・浮舟がどのような樹木をみつけ、どのような糸を掛け、どのような夢を吐き、私のこころ惹く蝶となっていってくれるのか、と唯そのことばかりを思うのであった。それはあたかも、三重苦であったH・ケラーが嘔吐のごとく発した叫び声「 w - a - t - e - r - ! 」のような語彙をもって、姫自身が苦悩するたましいは姫自身で救済し、新たな和歌としての文法、三十一文字(みそひともじ)で詠いあげる花のごとき柔らかな歌声を聞いてみたいと望むからであった。それが為の処方箋は、私自身が確かな絵筆を握ることであろう。
*私の遊び文字、「ゑんのOzぬ」とは役小角(えんのおづぬ)と記すも、尊称されて役優婆塞(えんのうばそく)、役行者(えんのぎょうじゃ)などと呼ばれた七〜八世紀に実在した修験道の祖であり、咒術者である。と同時に、「おづ」を「Oz」と表記したのは「オズの魔法使い」にあやかったまでである。
『妖 花』
ポタリと散りても
落ちてまた咲く
ふたたびの花
その花
じりじり動く
翔て走って
山路をくだる
ゆび笛鳴らした
えんのおづぬの
風のせい
どれどれ
ただの紅ではござらぬな
落ちて二度咲く
ふたたびの花
ありゃ 椿の花じゃ
ゑ ん の O z ぬ の 紅 い 森
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宇治十帖
2023-04-09T19:56:00+09:00
佐藤 三千彦
JUGEM
佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018752
花ことば
『花ことば』
花はたくさんのことばを秘めている
けっして無口ではない
人もおなじであろう
ある人には話せても
ある人には話せないままでいる
花とておなじだ
たとえば
一枝を落とし
二枝を落とし
一枚の葉を省いてみれば
花はあきらか...
『花ことば』
花はたくさんのことばを秘めている
けっして無口ではない
人もおなじであろう
ある人には話せても
ある人には話せないままでいる
花とておなじだ
たとえば
一枝を落とし
二枝を落とし
一枚の葉を省いてみれば
花はあきらかに口をききはじめ
本性を語りだす
また
花が虫にあたえたご馳走の痕さま
その虫喰いの葉をソット残す
すると花が
つぎの時代に出会うであろう蝶の夢を吐き語りだす
あるいは
花器のふちを離れた葉との間のさだめは
人と話す距離のこころもち
キドリすぎても無造作でもなく
ただなんとなし…
花と競ってその心を飾ったり
強いていじめて捻くり曲げたり
富貴を飾れば
花は 人は
ある人には話せても
ある人には話せないままでいる
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日々是好日
2023-03-31T11:55:00+09:00
佐藤 三千彦
JUGEM
佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018753
花遊び
固いつぼみも咲きはじめ
日毎 姿をかえてゆく
花遊びは愉快です。
固いつぼみも咲きはじめ
日毎 姿をかえてゆく
花遊びは愉快です。
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日々是好日
2023-03-30T11:58:00+09:00
佐藤 三千彦
JUGEM
佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018751
花は野にあるよう… 利休
花は野にあるよう… と
ひさしぶりに、ツバキを活けてみました。
花器は真・行・草の草ばかり。
断捨離してしまったいま
肉厚の牛乳瓶や空瓶、そこいらにあるものばかりです。
ボクは白い花が好きですが
ツバキの赤や紅黒など、なぜか魅かれます。
それも大...
ひさしぶりに、ツバキを活けてみました。
花器は真・行・草の草ばかり。
断捨離してしまったいま
肉厚の牛乳瓶や空瓶、そこいらにあるものばかりです。
ボクは白い花が好きですが
ツバキの赤や紅黒など、なぜか魅かれます。
それも大ぶりなものよりは細い枝
小さな葉や小ぶりの一重など、わずかな風にも揺れ
すらすらしていて
滅多に落ちないのがいいです。
われわれ日本人にとって
ツバキは神聖なものとして古代より崇拝されたが
反面
神秘で不気味な存在でもある。
それは首が落ちるとうとまれたからであろう。
利休は椿と出会って、互いに助け助けられ
どちらともなく、最高の伴侶を得たのであった。
が
彼の首はポトリと落ちる運命であり
ツバキとともに耐えかねて
みごとな血を吐きつつ
花と折り重なり合って散っていった。
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・
・
・
だからボクは
ツバキの赤や紅黒など、魅かれます。
*ショットグラスの椿は最初と最後が「秋の山」
下から二番目は白の大輪のツボミで名は不明
他は「薮椿」です。添え花は「ユキヤナギ」
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日々是好日
2023-03-29T13:24:00+09:00
佐藤 三千彦
JUGEM
佐藤 三千彦
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鉛筆派展『月的なるものを巡って/LUNATIX』
2023, 鉛筆派展『月的なるものを巡って/LUNATIX』に本年も誘って戴きました。
わたしは「空也聖獣」「月ノ舟」の二作品を展示します。少々はやい告知ですので、改めてまたお知らせさせて下さい。よろしくお願い致します。
『 不思議の国のお姫さ...
わたしは「空也聖獣」「月ノ舟」の二作品を展示します。少々はやい告知ですので、改めてまたお知らせさせて下さい。よろしくお願い致します。
『 不思議の国のお姫さま 』
源氏ものがたり
宇治十帖〈浮舟〉の沈黙は
風雅であり
風化であり
骨であり
さても またや紅き一輪の花となり
やわらかな唇をひらき
うめく獣となりて
あしたには眼醒め
ふたたびの美しき人となる
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宇治十帖
2023-03-23T09:52:00+09:00
佐藤 三千彦
JUGEM
佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018749
TANGO ARGENTINO
昨日開催された「TANGO ARGENTINO」の会場で、一年前に撮った記念写真を大矢先生から戴きました。いろんな写真が沢山入ってましたが、マナ先生(左)とめぐみ先生(右)にサンドイッチされてキンチョーしている写真が目一杯に気取ってて照れましたが、が、これはも...
昨日開催された「TANGO ARGENTINO」の会場で、一年前に撮った記念写真を大矢先生から戴きました。いろんな写真が沢山入ってましたが、マナ先生(左)とめぐみ先生(右)にサンドイッチされてキンチョーしている写真が目一杯に気取ってて照れましたが、が、これはもうお宝だ!と思ってUPしました。タンゲーロ気分を満喫しています。見てくだされば嬉しいです。^_^
めぐみ先生 マナ先生、昨日はお疲れさまでした… ハッピーな時間をありがとうございました。そして、いつも気にかけて下さって有難うございます。^_^
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タンゴ・ヒグラシーノ
2022-12-23T13:27:00+09:00
佐藤 三千彦
JUGEM
佐藤 三千彦
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「宇治十帖〈浮舟〉の沈黙」その沈黙の行方は…
宇治十帖〈浮舟〉の沈黙… それから乃これから
DADAsucoDAHDA
只いま制作中の「宇治十帖〈浮舟〉の沈黙」その沈黙の行方が見つからずに七転八倒で終わった一年でしたが、幸いにして、それもようやく整いはじめた感があります...
宇治十帖〈浮舟〉の沈黙… それから乃これから
DADAsucoDAHDA
只いま制作中の「宇治十帖〈浮舟〉の沈黙」その沈黙の行方が見つからずに七転八倒で終わった一年でしたが、幸いにして、それもようやく整いはじめた感があります。凡ての哀しみが凝結する「ゆめまぼろし」の世界へ向かって吹く「なもだなんまいと」という呪文じみた愉楽の風と哀しみとの婚礼! そこは防潮堤が連綿とつづく小さな村かも知れません。あるいは黒塚のような、それともニライカナイのような楽土かも知れません。しかし、そんなことはどうだっていいのです。「そこ」という私だけの〈遊び場〉が見つかったという目覚めが嬉しいのです。うれしければ、筆はきっと進むからでしょうから。
ここへ取急ぎ、心象スケッチのような詩文を下記へ、また画は「糸巻」で、その心象に近い写真とともにUPしました。写真は雑誌『フローリスト/誠文堂新光社』の取材の折りに、「浅茅ヶ宿か、安達ヶ原のようなアトリエで仕事がしたい!」というボクの希望で花を華道家の刈米義雄氏に、撮影は中竹孝行氏の両友人に協力していただきました。短歌とモデルは自分です。遠いむかしの悪戯ですが、ご笑納いただければ幸いです。
・・・哀しみの鳥と風の香のシャッフルへようこそ・・・
『鳥 髪』
わたしは険しい山道を歩いていた
飢えと寒さと疲労がかさなり
思わずも おそろしく うなだれて
「なもだなんまいと」と
かくれ念仏を歌うがごとく唱えてみた
いかにも呪術的で 元気に歩けた
しばらくすると
岩間の影から灯りがもれていた
すべての旅人のための休憩所だと
わたしは思い込んで 近づいた
そこにじりじりとした一匹のオニがいて
オニは白い鳥のようであった
黒い鳥の翅ようでもあった
白いからだをしたオニは眠っている
黒いからだをしたオニは起きている
白い黒いオニは死んだように眠っていた
黒い鳥髪を乱して眠るオニのおんな
そのおんなの姿をいつまでも いつまでも
わたしは厭きることなく眺めた
月夜のことであったか
雨の降る夜であったかはわからない
唯 唯 そのオニを眺めていた
突然 風が吹きぬけていった
どこかで梟がないた
美しいオニのおんなが寝返りをうって
くらく深い谷間がみえた
かわいそうなほどの深い谷間が
噫 生きているかわいそうな私たち
ネズミや梟と一緒になって
「なもだなんまいと」と
わたしは又 銀のハモニカを吹いてみた
2022_12_17
「糸 巻」
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宇治十帖
2022-12-18T17:08:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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大矢英一郎先生主催「TANGO ARGENTINO」
大矢英一郎先生主催による年末恒例の発表会「TANGO ARGENTINO」のお手伝いを今年もさせて戴きました。スペシャル・デモをして下さるゲストの先生方は、高志&めぐみ先生、エンリケ&マナ先生たちです。もちろんのこと、腕自慢・脚自慢の生徒さんたちのお相手もして下さいま...
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タンゴ・ヒグラシーノ
2022-12-15T13:17:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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第五福竜丸展示館
最初は250馬力のディーゼルエンジンと、船そのものを一目見たくて都立第五福竜丸展示館へ伺った。リアルは温かいという印象で、その時から私の第五福竜丸詣でが始まった。ところが、それに加えて一枚の写真との出会いがあった。ビキニ環礁で水爆犠牲者となった久...
最初は250馬力のディーゼルエンジンと、船そのものを一目見たくて都立第五福竜丸展示館へ伺った。リアルは温かいという印象で、その時から私の第五福竜丸詣でが始まった。ところが、それに加えて一枚の写真との出会いがあった。ビキニ環礁で水爆犠牲者となった久保山愛吉氏の遺骨とともに写っているご家族の写真だ。その時、なぜか私は山頭火の母親の死顔とともに、源氏物語〈浮舟〉の沈黙を夢想した。これらの涙や沈黙は、決して人ごとではなく、嘆きは我々のものであり、私のものであると感じたからだ。
このまま進んでゆくと昨日の投稿のようなシブいものになりそうだから話題を変えてみます。^_^
実は昨日伺った目的は、リアルに触り、リアルの前で一つのアイデアを練りたかったからです。
遠いむかしの旅の途中で、パリの街中を通り過ぎていった愉快な車をワイエス展の帰り道で見た光景からフッと思い出し、それをどうしても探ってみたかったからです。展示館の庭から海を見ては母船である福竜丸を、福竜丸から切り離されて彷徨う救命ボートの小舟のことを思いました。母と子を、男と女を、恋人たちの嘆きや希望を夢想して、あれやこれやとスケッチしました。ようやく、オリジナルなワゴン・カーが見えてくる。母である「ラッキードラゴン No.5」と、子である「ゴジラ No.5」のワゴン・カーが、昨日おぼえたばかりの「インビジブル・ヴァイオレンス(見えない暴力)」によって引裂かれたり出会ったりしながらも・・・ 生きる、を。
こんなデタラメな夢想がいつも私の希望のタネとなり、メルヘンとなっていくことを楽しみながら。
・
・
・
『復活祭』
金魚ちゃんは人間になりたくて
魔法使いのお婆さんにたのみました
するとお婆さんが
きれいな足をあげるから
可愛いその声をもらうよと言った
だから お喋りができません
ビキニ事件にであったゴジラくん
しろい死の灰をかぶった男だと言われ
村を追われてしまいました
もう人間の心がわかりません
いまでは旅芸人の火吹き男となり
火を吹いていますが
咽が痛くて 声がでません
金魚ちゃんとゴジラくんは
とっても静かな
なかよしさんでした
二人はラッキードラゴンNo.5号の
小さな救命ボートを改造したワゴン・カー
ゴジラNo.5号にゆられながら
一座のだしものである
「フェアリーランドごっこ」を演じては
小さな村々を回っていました
dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah
風が 吹いています
海が 泣いています
「ブォー ブォー」
ゴジラくんが火を吹きました
汚れた空気を紅蓮の炎でキヨメめています
すると 小鳥がいなくなったこの村へ
小鳥たちが集まってきました
「タン タン タタタ」
金魚ちゃんがタンバリンを叩きました
無言のままで
踊ったり
踊ったり
今夜はフェアリーランドのお祭だ
フェアリーランドの 復活祭だ
dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah
dah-dah-dah・・・
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宇治十帖
2022-10-24T11:05:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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アンドリュー・ワイエス展/丸沼芸術の森
先日は第一会場となっていた朝霞市博物館の「ワイエス」展があまりにもよく、第二会場への移動を断念したその丸沼芸術の森「ワイエス/水彩・素描」展へ行ってきました。
会場への道中“旅は道連れ”と初対面の方と親しくなったり、会場内の敷地で知人と偶然に出合...
先日は第一会場となっていた朝霞市博物館の「ワイエス」展があまりにもよく、第二会場への移動を断念したその丸沼芸術の森「ワイエス/水彩・素描」展へ行ってきました。
会場への道中“旅は道連れ”と初対面の方と親しくなったり、会場内の敷地で知人と偶然に出合ったり、学芸員の方や係の人々に思わぬ親切を受けたりと、ついつい目的を見失ってしまいそうな思い出深い展覧会となりました。別棟で上映されたビデオは40分以上のもので、ゆったりしたソファでのんびり観覧できました。また、日本の出版物と一緒に諸外国から取り寄せたであろうワイエスの貴重な画集が数点、気軽に拝見できるようになっていてオーナーの気心が浮かんでくるような会場でした。朝霞市博物館の企画は弟のアルヴァロを、丸沼芸術の森は姉のクリスチーナを中心とした水彩・素描展で、テンペラで仕上げられた完璧なタブローとは全く違った視点で、テンペラまでへの手順がわかる素敵な展覧会でありました。
水彩や素描は「彼の躍動する身体と精神が生々しくうごめいている」というのが私の素朴な印象で、バス停までの帰り道、そんなことを考えながら歩いていたらワイエスの絵へ続いていくような心象風景があって、パチリと一枚撮りました。夕陽を浴びた貨車を撮ったバス停での一枚もありますが、こちらは思ったほどのことはありませんでした。^_^
http://marunuma-artpark.co.jp/event/index.html
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2022-10-21T14:56:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018744
アンドリュー・ワイエス展/朝霞市博物館
ワイエスの写真のなかで一番好きなPコート姿の写真、そんな彼とのツーショットです。
http://marunuma-artpark.co.jp/event/index.html
ワイエスの写真のなかで一番好きなPコート姿の写真、そんな彼とのツーショットです。
http://marunuma-artpark.co.jp/event/index.html
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2022-10-18T16:46:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018743
アンドリュー・ワイエス展/朝霞市博物館
今日は朝霞市博物館にて「アンドリュー・ワイエス」展を見ました。
作品は水彩・素描あわせて34点と、けっして多くありませんが、それだけで充分すぎるワイエス展でした。何度も何度も見てまわっていたので、第二会場である丸沼芸術の森コレクションの展示は「...
今日は朝霞市博物館にて「アンドリュー・ワイエス」展を見ました。
作品は水彩・素描あわせて34点と、けっして多くありませんが、それだけで充分すぎるワイエス展でした。何度も何度も見てまわっていたので、第二会場である丸沼芸術の森コレクションの展示は「また来りゃいいや」と、後日にしました。
荒いタッチ、微細な筆使い、落ちていた錆釘かニードルで水彩紙を引っ掻いて描画したダイナミズム・・・ まるで〈音楽〉を聞いているようで、ついつい、丸沼コレクションを見逃してしまった。けれども、ポスターをお土産にもらったので、部屋へさっそく飾りました。^_^
http://marunuma-artpark.co.jp/event/index.html
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2022-10-18T14:15:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018742
9月23日 久保山愛吉忌/REQUIEM. Lucky Dragon No.5
自分自身のつたない絵に、私はいまだ迷っています。
「第五福竜丸展示館」へ足を運び、船のスクリューに触れ、胴体へもたれ、マストを眺め、大切な灯火燈を見たり、はえ縄漁業の浮きである碧いガラス玉を見ては、庭を散歩することでしか進まないからです。掲載した写...
自分自身のつたない絵に、私はいまだ迷っています。
「第五福竜丸展示館」へ足を運び、船のスクリューに触れ、胴体へもたれ、マストを眺め、大切な灯火燈を見たり、はえ縄漁業の浮きである碧いガラス玉を見ては、庭を散歩することでしか進まないからです。掲載した写真は、ビキニ環礁で人類最初の水爆犠牲者となった久保山愛吉忌の献花のため、今日、第五福竜丸展示館へ行ったときのものです
以下は、これまでのものを加筆したり訂正したものをまとめたものです。半可な私の戯言を読んでやろうと思って下さる方がいらっしゃれば幸いです。
* * *
出口のわからないコロナ禍にあって、二度目の秋(2021年)を迎えたころ、『源氏物語』を読んでみた。読んだといっても流し読みであったが、続篇と呼ばれる「宇治十帖」はとても興味深かく、浮舟という女性の“沈黙”が気がかりとなった。以来、浮舟のことばかりを考えるようになった。
交通の便がよくなった現代、わずか数ヶ月間でコロナ菌は世界中に蔓延していったが、三度目の春(2022年)、ロシアがウクライナに軍事侵略をしはじめてより、世界はまたもその渦のなかへと巻き込まれていった。ところがその後、ロシア軍はウクライナの核施設を攻撃し占領してしまった。これは大きな衝撃であって、この戦争がどのような結末に直面してゆくかは誰にもわからない。そのような現状にあって、平安時代末期から乱世へとはじまる中世のとばくちに佇んだ一人の女性・浮舟の沈黙が… 柔らかなものであったのか、それとも硬く冷たいものであったのか、それが知りたくて、彼女の「それから」を追いかけてみたくなったのであった。無論ここでいう“沈黙”とは、浮舟のものではあっても、誰にでも起こりうる普遍的な情動として捉えている。
いまさらながら「生きる」を考えてみた。
生きるとは鳥であれ獣であれ“生業”ではないだろうか。その生業がコロナ禍以降、デジタル産業が悪ノリしはじめている。仮想空間ばかりが商業空間ではなかろうに、危うい状況へとエスカレートしている。この変容は、ビキニ環礁での核実験による被災に遭遇した第五福竜丸の乗組員たちの前途とあまりにも類いしてはいないだろうか。被爆したことによって、平安であった営みは日常を超脱してしまい、不透明な物事へと反転していったであろうことは察するにあまりあるからだ。
過剰なデジタルや核から生まれるものがもし、欺瞞であれば、営みとはなんであろうか。流されていく人間とは、自分とは、一体何んであろうか。「だからボクは絵や詩をかくんだ…」と。つたない私のいのちは私の希望であって、夢であり、「わたしたちのいのち」と複数になれば尚も豊かな労働となってゆくであろうに…
その誘因となる浮舟の〈沈黙〉はぐるっと回って我々に覆い被り、またもぐるっと回って彼女の背中をやっぱり押して、また来た道をぐるっと回ってやっぱり我々の背中をグイグイと押してくる。乱暴ではあろうが、私はこのグイグイの正体を歌舞伎でいうところの「荒事(あらごと)」という意に負うところが好きであった。
「荒事の扮装には隈取りがあって、役者が自分の隈を取るときには顔の骨格や肉の凸凹を指でなぞり、血管を血が流れる如くに取ってゆくのです。隈が人間の血管の誇張をあらわしているというのは、ここからきているわけです」と、演劇評論家の津田 類氏の談が唱える魔法に私は以前からからめ捕られていたことを忘れていた。そのことを、今、思いだす。
この血管の誇張! そのパワーに引きずられながら生き生きと仕事ができたら。すなわち、希望であり、夢であろう。
-------------
*お詫び:宇治十帖〈浮舟〉の沈黙… それから乃これから
『 舟と舟のあいだの小舟 』を、今後『海のあらごと』としました。『海のあらごと』とは水爆実験における悪事であり、坂田金時(乗組員たち)の怒りであり、内側へと沈潜してゆく影であり、沈黙であり、激情でもあります。
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宇治十帖
2022-09-24T12:40:00+09:00
佐藤 三千彦
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R E Q U I E M … Lucky Dragon No.5(第五福竜丸)
『 朝 』
ひそやかな二人だけの儀式は
あっという間に過ぎ去っていったこの村に
朝が来た
雨降りではなかったので
うすももいろのパラソルをさし
あのひとが買ってくれた草履をはいて
海辺の崖道をのぼっていった
はれやかな 朝の さびしさよ...
『 朝 』
ひそやかな二人だけの儀式は
あっという間に過ぎ去っていったこの村に
朝が来た
雨降りではなかったので
うすももいろのパラソルをさし
あのひとが買ってくれた草履をはいて
海辺の崖道をのぼっていった
はれやかな 朝の さびしさよ
白い碍子のならぶ電信柱の電線が
安いバイオリンのような音を奏でていた
doh_doh_doh_doh_doh_sko_doh_dohh
fua_mi_re_do_so_ra_shi_dohh・・・
この丘の上にいてさえも
人々が見送る叫び声に
あのひとの名前がひびいて聞こえた
掛け渡す五色の糸の紙テープも
声もない今のわたしには
ただ両の手を合わせ
「ご無事に」とだけ
祈った
・
・
・
すると そのとき
人々のなりわいを一身に背負うた男どもが乗った
一艘の船が沖にむかって翔ていった
Lucky Dragon No.5… R E Q U I E M
最新型のエンジンではあったが
いまでは安いバイオリンのような音を奏でつゝ
はえ縄の仕掛けを 碧いろのガラス玉を
朝の勢いと 寂しさを とどめつゝ
うんとこどっさと積み込んで
きれいなこゝろの大漁船が
希望へ
希望へと
おもいっきり翔ていった
いまだ朝のくらがりのなかを
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宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ それから乃これから
『 舟と舟のあいだの小舟 』
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Icon_だいせんじがけだらなよさ(さよならだけが人生だ)
poem_朝
Acrylic gouache_ 455✕380mm 2022
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2022-09-21T12:37:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ Vol.010
REQUIEM… Lucky Dragon No.5(第五福竜丸)
『夏の宿題』
ギリシヤ神話に登場する光の青年アポロンに似た宇治十帖の匂宮。その匂宮にそっくりな庄屋さんちのガキ大将の源氏螢虫太郎はあさましく。あるいは、太郎の母親が港町の顔役とひそかに通じあ...
『夏の宿題』
ギリシヤ神話に登場する光の青年アポロンに似た宇治十帖の匂宮。その匂宮にそっくりな庄屋さんちのガキ大将の源氏螢虫太郎はあさましく。あるいは、太郎の母親が港町の顔役とひそかに通じあって孕んだ平家螢虫次郎はねじくれて、これまた宇治十帖の薫のようだ。二人は太陽と月、まるで違う異父兄弟であった。
鏡に映った愛すべき少年たちは、右の手は左、左の手は右であり、悪い奴ほど手は白かった。
彼らはたえずほんとうの兄弟であろうとして、太郎の家の築山の奥にあったひんやりした青い竹薮の中の大きな石の上で、ことあるごとにチンコ合わせをした。ちびた鉛筆のようなチンコの尖端が触れるたび、軽金属の針にも似たジュラルミンの翼を背筋に感じて、クラクラと、二人は溶けていった。けれどもあさましく、あるいは小賢しい太郎と次郎であったから、そのたびごとに憎しみあって、白い右手の左手で、ジュラルミンの守護天使たちを互いの手刀でもって殺害した。
虚しくも、擬死する欺瞞の腹いせに、太郎は次郎に隠れ、次郎は太郎に隠れて、浮舟という名の姫螢を誘った。けれども、下腹部への教育はいまだ知らず、太郎は松葉の二角形で浮舟を犯し、次郎は真珠色の貝殻でもって少女・浮舟の部位を汚した。
よく学び、よく遊べ!
これが夏休みの、ぼくときみとの自由研究『げんじものがたり」古典読破法であって、実践とお勉強とを編み込んだ、まことに厄介な夏の宿題をまずは簡単にすませるよき方法論であった。
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宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ それから乃これから
『 舟と舟のあいだの小舟 』
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poem_ 夏の宿題
Icon_ カリプソは初恋の味
Acrylic gouache_ 340✕250mm 2018
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宇治十帖
2022-09-06T10:37:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018739
宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ Vol.009
REQUIEM… Lucky Dragon No.5(第五福竜丸)
『石を積む』
太郎には
匂宮の血の一滴が流れ
匂宮には
あぽろんの血の一滴が
流れていた
次郎には
薫の血の一滴が流れ
薫には
あいねいあすの血の一滴が
流れていた
流れ 流れて
花子には
...
『石を積む』
太郎には
匂宮の血の一滴が流れ
匂宮には
あぽろんの血の一滴が
流れていた
次郎には
薫の血の一滴が流れ
薫には
あいねいあすの血の一滴が
流れていた
流れ 流れて
花子には
浮舟の血の一滴が流れ
浮舟には
かっさんどらの血の一滴が
流れていた
世界はまぁーるく繋がっていて
黒い 白い 黄色い肌も
みんな兄弟姉妹です
森羅万象
生きとし生けるものすべて
血は流れ 流れ
取り返しのつかない時代も
対立の果てのあきらめも
罠にかかった憎しみの世も
失ってはふたたび生ける血の一滴が
またよろこびの石を積む
[ 蛇足 ]
アポロン=カッサンドラの美貌に魅せられた彼は、“予言力”を与えるという餌で彼女を愛撫しようとしたが拒否される。与えた予言力を取り消すことができない代わりに、たとえ“真実の予言”であっても誰も信じないようにした。
アイネイアス=トロイア王国の英雄でトロイア随一の強者ヘクトルにつぐものであったが、トロイア陥落前夜、死をまぬがれるために脱出する。後、ローマ建国の祖となる。カッサンドラの恋人でもあった。
カッサンドラ=トロイアの王女。アポロンの欲望を拒絶したため、彼女の予言力をだれも信じなかった。有名なものには、十年戦争の果て、トロイアに災いをもたらす木馬を城内へ入れることに反対するも、だれもそれを聞かなかった。ゆえに王国は一夜にして滅亡する。
匂宮&薫&浮舟=『源氏物語/宇治十帖』の登場人物。
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宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ それから乃これから
『 舟と舟のあいだの小舟 』
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poem_ 石を積む
Icon_ REQUIEM… Lucky Dragon No.5
Acrylic gouache_545✕424mm 2022
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宇治十帖
2022-09-05T10:36:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ Vol.008
REQUIEM… Lucky Dragon No.5 (第五福竜丸)
第五福竜丸 船底
死の灰
ガイガーカウンター
海中から28年ぶりに引上げられた第五福竜丸エンジン
第五福竜丸展示館
...
第五福竜丸 船底
死の灰
ガイガーカウンター
海中から28年ぶりに引上げられた第五福竜丸エンジン
第五福竜丸展示館
東京都 江東区 夢の島3−2 電話/03−3521−8494
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『ガイガーカウンター』
くそったれなこの時代は
どこかしら
宇治十帖『うきふね』のころと瓜二つ
だって噓つきがうじゃうじゃいるじゃないか
噓はドロボーのはじまり
とっくにボロがぶら下がって
衣づれ 股づれ
うるさくてしょうがない
それでもまだ私腹を肥やそうとする偉いさんばっかで
戦争の一つや二つおっぱじまるのは当たりまえ
そんな真っただ中にあって
平安な時代はもうとっくに幕引きされているけれど
心地よい気分がぬけない平成の茹でカエルたちは
妙に冷静を装いながらのんきなものだ
「リンダ困っちゃう〜ふふッ!」
口をつぐんだ『うきふね』はもの言わず
目に“見えない”ものを紡ぎだす
彼女の乾ききった沈黙は
にんげんが一つお利口になるための
花と流れる涅槃への近道 花筏
可視化への
ガイガーカウンター…… のようなものだな
*
一九五四年三月一日
アメリカの水爆実験によってビキニ環礁で被爆した
第五福竜丸の左舷船腹を撫ぜながら
僕はゆっくりといま歩いている
ブラボー爆弾!
ふざけた名前の水爆実験によって
「死の灰」をあびた船は
なにも第五福竜丸だけではない
第十三光栄丸を含み
ざっと八五六隻もの漁船が被災している
ああ 放射能って 見えないよね
見えないから我々は安心して
水や空気を 食べ物を
口へ入れて今日もまた笑う
骨も崩れだしそうに笑っていて
力ないものは いつの時代もさびしいや
第五福竜丸のエンジン
遠洋マグロ漁船・木造 総トン数=140・86t 全長=28・5m 幅=5・9m
ディーゼルエンジン一基250馬力 速力七ノット
母港=静岡県焼津 漁船登録番号=58531 乗組員=23名
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宇治十帖
2022-09-03T16:29:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018736
宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ Vol.007
REQUIEM… Lucky Dragon No.5 (第五福竜丸)
『Lucky -福竜- Dragon』
彼が描く線をみていると「梅の枝のようだ」と誰かがいった
かの画家とは 粟津潔さんのことで ぼくはその人の描く絵から
リトアニア人の画家ベン・シャーンを知った
ベン・...
『Lucky -福竜- Dragon』
彼が描く線をみていると「梅の枝のようだ」と誰かがいった
かの画家とは 粟津潔さんのことで ぼくはその人の描く絵から
リトアニア人の画家ベン・シャーンを知った
ベン・シャーンは十五歳で石版画の徒弟となり
ジグザグと 工房で石を削り 石を彫り 石を刻んだ
ノミと木槌で 梅の枝のようにジグザグと生きて
シャーンの絵からぼくはあまり影響を受けていないが
彼の絵が好きで 彼の生きざまが大好きだから
石のように重い 分厚い 大きな画集を開いては 齧った
柳生石舟斎が一刀のもとに斬りわけた芍薬の枝の切り口を
武蔵が「うーむ」と唸りながら眺めたがごとく
非凡なシャーンの線や色をぼくも「うーむ」と飽きずに眺めた
あるいは 本箱にもう一冊
シャーンの『ここが家だ』という本がある
「ベン・シャーンの第五福竜丸」むしろ副題が眼目だ!
(この物語が忘れられるのをじっと待っている人たちがいる)
あっは 蜜をすゝる闇の紳士族であろう・・・
いま 醒めた感化が 遠く 近くで 爆発をする
シャーンが描く“Lucky Dragon” きのこ雲
---------------------------------------------------
宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ それから乃これから
『 舟と舟のあいだの小舟 』
---------------------------------------------------
poem_ Lucky (福竜) Dragon
Icon_ お化けキノコとハートのレスキュー
Acrylic gouache_455✕380mm 2022
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宇治十帖
2022-09-02T14:53:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018737
宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ Vol.006
REQUIEM… Lucky Dragon No.5 (第五福竜丸)
『舟と舟のあいだを漂ふ舟』
平安の末期って ちょうど平成の後期!
中世の入口は 令和の時代 いまごろでしょうか?
そんな中世の 乱世の 令和という崖の道を
よろよろ歩く弱法師が 見晴台から海...
『舟と舟のあいだを漂ふ舟』
平安の末期って ちょうど平成の後期!
中世の入口は 令和の時代 いまごろでしょうか?
そんな中世の 乱世の 令和という崖の道を
よろよろ歩く弱法師が 見晴台から海を臨んだ
弱法師は盲目だからなにも見えなかったが
世の中はすっかりと・・・ つまり
・・・世の中って 人工的な全世界のことであるが
いつのまにか狭くなって 息苦しく 隙なく
一つのちいさな村社会になり下がったな と
見えない目をこすって 嘆いた
臨めば 海には軍艦が浮かんでいて
軍艦と軍艦のあいだには千変万化な小舟がプカプカと
なんにも知らずに浮いていた
弱法師はこの崖っぷちを登ってくるまえに
面白いものを見たような気がする
それは一本の樹木に二匹の蝉がいて 一匹は
はち切れんばかりの体格で
じっとしていて いまにも羽化しそうであった
もう一匹は発育不足で 前翅も後翅もカールして
どの翅も未発達のまま変形している
なんの因果でこうなっちゃたんだろうか と
這って飛べないでいる蝉に 末期の水と思い
水筒のなかの水をあびせてやった
そんなふうにしてから
樹木の隙間からひろい海が臨める石の上で弁当を喰った
そして しばらく眠った
さて 二匹の蝉はどうしているだろうか と
もう一度もどってみると
エリート顔した羽化寸前の蝉はもういなかった
はは〜ん 泥棒はさっきまでウロウロしていた鴉だな
ところで 因果な蝉はどうだろうかと思えば
そのままの格好でジッとしていた
(美しいものから狩られてゆくんだ)
こんなに暑い夏の日の午後 明日まではもたないだろうが
因果な蝉は今 ひろい青空を眺め すずしい風にふるえている
生まれついての資質はまったく違うけど
蝉と蝉のあいだで漂っている蝉たち!
どれもがみんなそれぞれの〈いのち〉です
そうそう あれはいつだったろうか
今日のこの日は
水爆という爆弾を爆発させた日によく似ていると思った
ドドドーン ドン!と 平家の舟の太鼓が鳴った
ドドドーン ドン!と 源氏の舟の太鼓が鳴った
軍艦と軍艦のあいだには千変万化な小舟がプカプカと
なんにも知らずに浮いていた
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宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ それから乃これから
『 舟と舟のあいだの小舟 』
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poem_ poem_舟と舟のあいだを漂ふ舟
Icon_イーハトーブ/らなよさつぱんげ=げんぱつさよなら!
Adobe Photoshop_*Illustration:東日本大震災における、原発反対の為のポスター『イーハトーブ/らなよさつぱんげ=げんぱつさよなら!』
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宇治十帖
2022-09-01T15:55:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018735
洗濯した白いハンカチ
大震災以降、町の復興や原発問題、天候の不順、政治の隠蔽・改ざんなど、なにかと落着かぬ不穏な空気の中であっても、人のイトナミは知らず知らずのうちに日常化してゆくそんな中にあって、降って湧いたような新型コロナウィルス感染症の蔓延。それにともなうイン...
大震災以降、町の復興や原発問題、天候の不順、政治の隠蔽・改ざんなど、なにかと落着かぬ不穏な空気の中であっても、人のイトナミは知らず知らずのうちに日常化してゆくそんな中にあって、降って湧いたような新型コロナウィルス感染症の蔓延。それにともなうインターネットの急激な支配力。戦争。物価高騰。衝撃的な事件など・・・と、何気ないささやかな“日常”はふりまわされ続けています。
テレビやネットワークが普及すればするほどに、我々の生活や日常は均一性をおび、どこにも隙間のないのっぺらした怪物のようなものに管理されていくようでなりません。そういえば、2020年ごろからは『風の時代』だと誰かが言っていました。ネットワークに価値がおかれ、居場所にとらわれない自由な生き方が主流とか! それって、ほんとうに自由でしょうか?
もっとささやかでいじらしいものの中にこそ、自由は・・・などと言ってるようでは置いてきぼりを喰らうでしょう。が、人の生きる証とは、汗で汚れた白いハンカチを洗濯し、それを白旗のように揚げながらも太陽にむかって堂々と干して、生きて、働き、人と直接に笑ったり怒ったりしながら生きてゆくことだと思います。
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昔、夏に近所の子どもたちと草野球のまねごとを広場でやっていたとき、打った子どもの打球が高い塀を越えました。遠回りをしながら反対方向の露地からその球をさがしに行った時、アパートの窓が開いていて、なにもない部屋のまんなかにポツンと風呂敷包みが一つ置いてあって、そばでステテコを履いた男がゴロリと横になって昼寝していました。とても羨ましい光景で、その部屋の様子を今でもたまに思いだしますが、私にそんな根性はありません。しかし、手垢のついた品物や、私自身の脳みそを少々片付けたり洗濯しなきゃと思いつづけて何年にもなりますが、紙一枚捨てるのに悩む男の脳をどう洗濯すればいいのか・・・と、いまさらながら、生きるとは、楽しくも厄介なことであります。^_^
Illustration:銅の鏡
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日々是好日
2022-07-31T09:53:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ Vol:005
REQUIEM… Lucky Dragon No.5 (第五福竜丸)
『美しい星の海へ還る女』
わたしが育った伊勢の海には
人魚によく似た海女がいる
海女はほかにも
伊豆や房総の海におりますが
黒潮匂う表ばかりではありません
しぶき飛びかう海という海
裏の日本...
『美しい星の海へ還る女』
わたしが育った伊勢の海には
人魚によく似た海女がいる
海女はほかにも
伊豆や房総の海におりますが
黒潮匂う表ばかりではありません
しぶき飛びかう海という海
裏の日本海にも海女はいて
むしろそちらが本家といえば本家でしょうか
異国の島から流れてきては
にっぽんの 対馬や下関
舳倉の島へと辿り着いた女たち
息を吐き 息をこらし
海へ潜って稼ぎます
あれは 小学四年生だったころ
外海からはだいぶ離れたわたしの町へ
志摩市から
海女の娘さんが嫁いできたことがあった
けれども大人たちがそんなふうに噂するだけで
娘さんの顔や姿は一度たりとも見なかった
子どもであっても見なきゃ見ないで
陸へ上がった人魚の行方が気がかりでしょうがない
しょうがないしょうがないは 恋ごころ
ひごとあさゆうのおおみけさいのくにまもり
伊勢の神事は白き心で向かうもの
海女とて白きもめんの磯襦袢
白き腰巻きつけて素潜りアワビ採り
ほらほら 月がこんなに奇麗な夜はさびしいね
うんうん どこにおじゃるかオイラの人魚
坊や! とんちゃくせずともこの町で
白いエプロンつけて手鏡におい肌
おみきおこめおしおおみずひがつおたいこぶあわびくだもの
買物かごには愛しい人との間取りの暮らし
それともやっぱり噂でしょうか
月がいよいよ煌めいて 丸い太鼓を叩くころ
だれもが女は無口となって
古生代の渚から
尾鰭がついた赤いずぼんすかぁとの皮膚を巻く
まきまき まきまき まきまき 巻いて
沈黙の 美しい星の海深くへと還ります
白はマボロシ白無垢すがたの花嫁衣装
やっぱりあれは 噂でしょうか
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宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ それから乃これから
『 舟と舟のあいだの小舟 』
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Icon_のすたるじあ
poem_美しい星の海へ還る女
Acrylic gouache_600×250mm 1993
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宇治十帖
2022-07-30T16:46:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018733
宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ Vol:004
REQUIEM… Lucky Dragon No.5 (第五福竜丸)
『生きる』
1
傷つけあった十年戦争が終って
祖国へ凱旋した男がいた
妻であり 王妃であった女は
獅子門の前で笑みをたたえ 男を迎えた
黄金にもまさる貝紫で染めた敷物を敷きつめ ...
『生きる』
1
傷つけあった十年戦争が終って
祖国へ凱旋した男がいた
妻であり 王妃であった女は
獅子門の前で笑みをたたえ 男を迎えた
黄金にもまさる貝紫で染めた敷物を敷きつめ
男をよろこばせた
けれども 女とその情夫によって
男はその日のうち 浴槽にて惨殺される
広場には まだ 大勢の群衆がいた
つぎはわたしの番だ・・・ と
異国の少女は覚悟していた
髪が風に揺れ 風にもつれて
獅子門の石像が動いた!? と 思う刹那
濡れて光った赤い衣を着る女が広場へ現れた
この国の王妃であった
群衆は歓喜して 殺せ! 殺せ!
異国の娘を殺してしまえ! と 叫んだ
王妃が 女奴隷なんぞ殺すのは訳ないが
愚かな王のため 緋の敷物を汚してしまった
おまえ 海に潜って貝紫を採っておいで
ついでに真珠も と 少女に命じた
2
切ない群青 悲しき泡沫
鎖の重さに耐えながら
胎に 男の遺した双子をかかえ
生きて 潜って 働いて
海に抱かれ 魚となるまで
深く 深く 真っ逆さまに落ちていく
生かされた この命
三つの命は絶やさずに
生きて 潜って 潜って生きる
海の 中の 少女と胎の 子どもたち
3
声を失くし 足の萎えたひとりの少女は
三千年前 いな シルリアの深海から
いまさっきテレポートしたかのような顔のまんま
古代むらさき色をした
血のような雫を全身したたらせ
強きものであるという崇高な口を大きく見開き
忘れさられた悲しみを あざ笑う
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宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ それから乃これから
『 舟と舟のあいだの小舟 』
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Icon_鯨 船
poem_生きる
Acrylic gouache_ 545✕424mm 2022
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宇治十帖
2022-07-02T17:22:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018731
宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ Vol:003
REQUIEM… Lucky Dragon No.5 (第五福竜丸)
『またくる春へ』
トロイア戦争の勝利から凱旋した総大将アガメムノン大王は、戦利品のひとつと化してしまった愛妾カッサンドラについて、心やさしく王宮へ迎えるように。と、強妻へかろうじて言い放った。...
『またくる春へ』
トロイア戦争の勝利から凱旋した総大将アガメムノン大王は、戦利品のひとつと化してしまった愛妾カッサンドラについて、心やさしく王宮へ迎えるように。と、強妻へかろうじて言い放った。妻の王妃は上機嫌を装い、その夜、情夫とともに入浴中の王へ投網をかぶせ、頭上から斧を振りさげて惨殺した。その後すぐ、この地で殺害されることをとうの昔に予見していたカッサンドラは、獣が屠られるがごとくなすすべもなく殺された。亡骸はミュケナイの谷間へ棄てられたとも、海へ棄てられたとも聞くが、奴隷の命なんぞ知るものか。と、王宮に黒鳥ばたいて、冬の陽、はやばやと落ち、雪、降りしきる。
その朝、城の裏山にあった雪の原を一台の馬車が通りすぎ、黒い頭巾をかぶった男が馬車から降り、紙屑と見紛うばかりの白い花骸(はなから)を無造作に曳きずって、つめたい大地へ打ち棄てた。口を閉ざされた女預言者の喉に詰まっていた赤きしたたりは弾け、種子となり、そこに散って、ここに散って、どこへも散って、またくる春を待ちわびる。
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宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ それから乃これから
『 舟と舟のあいだの小舟 』
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poem_ またくる春へ
Icon_冬の花骸(はなから)
Acrylic gouache_727×545mm 2016
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宇治十帖
2022-06-07T16:26:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018732
宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ Vol:002
REQUIEM… Lucky Dragon No.5 (第五福竜丸)
『干涸びた沈黙』
宇治川を流れてゆく君のほんとうの姿を
ぼくは知っているんだ
三千年前の君とすこしも変わりはしないから
ダーダネルス海峡は碧く
風が激しく耳もとで鳴っていた
雛罌粟の丘に...
『干涸びた沈黙』
宇治川を流れてゆく君のほんとうの姿を
ぼくは知っているんだ
三千年前の君とすこしも変わりはしないから
ダーダネルス海峡は碧く
風が激しく耳もとで鳴っていた
雛罌粟の丘にたたずむトロイア城が陥落する前夜
君たちは木馬の陰で夢見るために話し合っていたよね
しかし突然 恋人のアイネイアスが逃げようと言い張った
身の毛もよだつ木馬の腹にたぎっている
火と血と灰の透視を君は訴えてはみたものの
逃げてゆく恋人に付いてはいけなかった
アイネイアスは部下を率いて
異国の地で英雄となるべく去っていった後 君は
「邪悪な木馬に火を放て!」と声を嗄して叫んだが
誰ひとりとして信じるものはなく
愚かなおしゃべり女め! と 嘲り笑われた
ぬばたまの黒髪 あるいは瞳
美しく 白い首をかたむけている君
無惨にも 獅子門の前で殺戮された
中東の姫君の〈血〉の一滴が
宇治川を流れてゆく君のからだに流るゝことを
君は君自身 干涸びたその沈黙の乾きを知るだろうか
ああ 光が消えかかっている
けれども 日々 読み返すであろう君が痛みを
三千年前に送ってくれた君の手紙
一千年前にも送ってくれた君の手紙
どちらもおなじ筆跡の
どちらも無口なランジャの香り
おお ついに光が消えてゆく
泡沫のゴンドラに乗った姫君よ また会おう
舟はゆく そして舟はゆく
光が消えた 光が消えた
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宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ それから乃これから
『 舟と舟のあいだの小舟 』
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Icon_宇治川を流るゝ
poem_干涸びた沈黙
Acrylic gouache_ 509✕394mm 2022
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宇治十帖
2022-06-06T16:50:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018730
安部公房 の『砂の女』
4日の深夜、源チャンこと?橋源一郎の飛ぶ教室にて安部公房『砂の女』を取り上げていました。その“現在性”と懐かしさがあいまって、昔の絵をUPしてみました。
この作品は南青山にあるピンポイント・ギャラリーにて2018年に開催された『装幀展』のグループ展に出...
4日の深夜、源チャンこと?橋源一郎の飛ぶ教室にて安部公房『砂の女』を取り上げていました。その“現在性”と懐かしさがあいまって、昔の絵をUPしてみました。
この作品は南青山にあるピンポイント・ギャラリーにて2018年に開催された『装幀展』のグループ展に出品したものです。わたしは異才を放ちつづけていた安部公房の『砂の女』を描きました。書もかき殴って、とても楽しい展覧会でした。
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日々是好日
2022-06-05T10:56:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018729
宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ Vol:001
REQUIEM… Lucky Dragon No.5 (第五福竜丸)
『歓喜の訪れ』
昨日は橋のたもとで空也上人が口から焔を吹いて、六体のちいさな仏像を、手品師が鳩を飛ばすがごとく吐いてみせた。今日は花の下で西行法師が歌を詠っていた。明日はたぶん、河原にて一遍...
『歓喜の訪れ』
昨日は橋のたもとで空也上人が口から焔を吹いて、六体のちいさな仏像を、手品師が鳩を飛ばすがごとく吐いてみせた。今日は花の下で西行法師が歌を詠っていた。明日はたぶん、河原にて一遍上人がはねよおどれよと鉢を叩き、念仏(生きとし生けるものたちへの光)にあわせながら軽々としたステップを披露するだろうに・・・ 彼らは一切を捨てて諸国をまわり、宗派をこえ、歌や踊りや念仏によって世俗のケガレをキヨメつつ、権力のおよばない場をつくろうとしていた。そのことは、あらゆる人々をみな平等に救いたいという新たなコトバと身体による記録、思想であった。
身分も秩序もうちやぶってゆく鎌倉時代の新仏教に、平安の女たちは敏感であった。ことに『源氏物語』の著者レディ・ヴァイオレットがつくりだした彼女自身の分身であろう〈浮舟〉は、酔いに酔っていた。
どこへゆけばいいの・・・と平安末期の呆けた男たちへむかい、強いられた沈黙でしか抵抗できなかった〈浮舟〉の恋。その恋は、沈黙は、デカダンスな男たちから生じる霧ふかき女たちの翳りであり、精神の崩れでもあった。あはれ、と一日千秋のおもいで夢想しつづけた歌と踊りと念仏への歓喜の訪れ! が、今日という只今の刹那に、無用の用の男たちの登場によって柔らかなものへと変化してゆく平安女性の愉悦。そは、栄華と戦いにあけくれる男なんぞよりも、いつの時代にも必要とされる男の静かな激しさのほうがよほどよかろうに。-----------
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宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ それから乃これから
『 舟と舟のあいだの小舟 』
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poem_ 歓喜の訪れ
Icon_よく見てよく聞きよく歌う三ツ目西行
Mixed media_ 545✕424mm 2022
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宇治十帖
2022-05-24T09:32:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018728
宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ Vol:000
『 源 氏 物 語 』
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宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ それから乃これから
『 舟と舟のあいだの小舟 』
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第2回 ごあいさつ
出口...
『 源 氏 物 語 』
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宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ それから乃これから
『 舟と舟のあいだの小舟 』
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第2回 ごあいさつ
出口のわからないコロナ禍にあって、二度目の秋(2021年)を迎えたころ、『源氏物語』を読んでみた。読んだといっても流し読みであったが、続篇と呼ばれる「宇治十帖」はとても興味深かった。とくに、浮舟という女性が気がかりで、以来、浮舟のことばかりを考えるようになった。
交通の便がよくなった現代、わずか数ヶ月間でコロナ菌は世界中に蔓延していったが、三度目の春(2022年)、ロシアがウクライナに軍事侵略をしはじめてより、世界はまたもその渦のなかへと巻き込まれていった。ところがその後、ロシア軍はウクライナの核施設へ攻撃をしたり占領しはじめていった。これは大きな衝撃であり、この戦争がどのような結末に直面してゆくか今は誰にもわからない。こうした現状のなかにあって、平安の時代から乱世がはじまる中世のとばくちに佇んだ一人の女性・浮舟の沈黙・・・ その沈黙が柔らかなものであるのか、それとも硬く冷たいものであったのか、私はそれが知りたくて『源氏物語/宇治十帖』に登場する浮舟の虚無を追いかけてみたくなったのである。
さて、「怪奇・幻想・ロマン」はもはやこの現実に浸食をされ、干涸びている。なぜであれば、「怪奇・幻想・ロマン」の棲家であった森や広場や一見無駄な空き地は貨幣経済優先の時代にあって、どこもみな駐車場やコンビニに変容してしまった。このようなことはなにも"場"だけの話ではなく、耳や腕にまで電子部品を装着する時代となった。ために力あるものたちは我々につけこんで、"電気"という餌でもって原子炉の建設に精をだし、目にはみえないゴミを美しい野山へ平気なツラして垂れ流そうとしている。これほど空恐ろしい「怪奇・幻想・ロマン」があるだろうか? 私は無惨にも貶められたその「怪奇・幻想・ロマン」の復権のためにも、しばし、この女性に寄添ってみたいと思うようになった。2022_9_5
第1回 ごあいさつ
表参道にあるHBギャラリーで、1992年に『ダブルW形ミトラヴァルナ』と題する油絵展を開催したことがあった。「ダブルW形」とは三角形の全翼機であるステレス爆撃機B-2のことで、「ミトラヴァルナ」とはゾロアスター教の最高神アフラマズダ(光を放つもの)のことであった。そんな天空神に対抗するかのような最精鋭の速度と火器を積んだ B-2 は、レーダー網のなかで出現と消滅をくりかえし、恐るべき“光”を放っていた。善悪はともかくも、すべてを見通す人工衛星の眼とともに、当時のわたしは〈非確認飛行物体〉であるB-2の存在に魅了されていた。だが、30年も経った今日、人工衛星が見つめている情報のまなざしや透視が気になればなるほど、天と地のあいだを浮遊しているであろう自然神的な瑞気につつまれた遥かなる〈まなざし〉のほうが気になってしかたなくなってきた。歳のせいもあるだろうが、〈沈黙〉もその一つである。
レイチェル・カーソンの『沈黙の春』やサイモンとガーファンクルが歌う『The sound of silence』の沈黙、あるいは旧ソ連のチェルノブイリ核汚染をとらえた『沈黙の未来』など、沈黙づくしの〈沈黙〉はどれも否定的であった。けれども、そこに現れている〈沈黙〉は単に現象であって、根源的な沈黙とはもっともっと奥のほうにある柔らかなものであろう。カーソンもサイモンも広河氏も、その先をみている、はずである。
ところで、トマス・ハリスの『羊たちの沈黙』では「仔羊たちはしばらくのあいだ鳴きやむだろうが(中略)・・・祝福すべき沈黙を、きみは何度も何度も自力でかちえなければならない。(中略)苦難は永劫に消えることはないからだ」と言う。あるいは、コロナ禍で出合った『源氏物語』宇治十帖〈浮舟〉の沈黙は、千年も前に発した「言葉にならない叫び」の謎々が現在にまでつづいていることへの驚異であった。それはそのまま未来永劫つづいてゆくだろう。しかし言葉なく鳴き叫ぶ闇路であっても、それへ射し込んでいるであろう光や〈まなざし〉はあるはずで、わたしはそれを求めながら、少し歩いてみたいと思うようになった。沈黙とは根源的に、もっと祝福されるべきものであろうから。---------------- 2022_5_21
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宇治十帖
2022-05-21T12:39:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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相原求一朗記念室へ
昨日は彼(琥珀)の祥月命日でした。彼の花も満開です。
そんな一日、ボクは相原求一朗氏の作品に会うため川越市立美術館(相原求一朗記念室)へ行ってきました。冬空を飛ぶ鳥「残雪の斜面」や、雪の残る冬山の厳しさへ今にも訪れるであろう春のぬくもりを...
昨日は彼(琥珀)の祥月命日でした。彼の花も満開です。
そんな一日、ボクは相原求一朗氏の作品に会うため川越市立美術館(相原求一朗記念室)へ行ってきました。冬空を飛ぶ鳥「残雪の斜面」や、雪の残る冬山の厳しさへ今にも訪れるであろう春のぬくもりを描く「春愁山麓」は圧巻! どちらも厳しく・・・ どちらも優しく・・・
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日々是好日
2022-01-27T09:41:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018726
皇妃エリザベート暗殺さる!
「鉛筆派」展に出品した絵に、気ままな文を添えてみました。
『その日の約束、その日の恋人』
帝国の衰退と、たび重なる身内のあまりにも不吉な出来事に憂いて、鬱に沈んでゆく皇妃は「昼も夜も死を待ち焦がれています」と語った。けれども「今朝のモ...
「鉛筆派」展に出品した絵に、気ままな文を添えてみました。
『その日の約束、その日の恋人』
帝国の衰退と、たび重なる身内のあまりにも不吉な出来事に憂いて、鬱に沈んでゆく皇妃は「昼も夜も死を待ち焦がれています」と語った。けれども「今朝のモン・ブランは特に美しいわ!」と女官に言って、珍しくも市井のアイスクリームを所望した。丁度そのころ、イタリー製の革靴を履いた無政府主義者ルケーニは、その靴音を得意なまでに鳴らしながら、レマン湖畔を闊歩していた。なぜであれば、今朝の新聞にて「皇妃、此の地に滞在す」なる報道を知ったからであった。かの暗殺者は父を知らず、母に置き捨てられ、孤児院に引き取られて以来、転々として、ブルジョワを忌み嫌っていた。一方、フロイト式には皇妃を母親のごとくに慕い、情けを渇望していたのであった。が、魔のほころびは一瞬の殺意となり「無政府万歳、くたばれ貴族階級!」と叫んでみても、心の奥底に沈殿していた悲哀が晴れることはなかった。
黒衣を纏いつづけていた皇妃とて「噫、待ちこがれていた死の思いは、このことだった・の・ね・・・」と凶行現場から一人静かに一二〇歩ほど歩いてから倒れた。その後、第一次世界大戦の勃発とともに、帝国は消滅していった。
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2022-01-14T17:06:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018725
井上靖『雪』と、『鉛筆画』展
------- 雪が降って来た。
------- 鉛筆の字が濃くなった。
雪と鉛筆画! びっくりですが、今日は『鉛筆派』展の初日です。
いまごろ僕のぼんやりとした原画は雪が白く降ったせいで、きっといくらかはしっかりした絵になっているだろうと呑気なことを考えて...
------- 雪が降って来た。
------- 鉛筆の字が濃くなった。
雪と鉛筆画! びっくりですが、今日は『鉛筆派』展の初日です。
いまごろ僕のぼんやりとした原画は雪が白く降ったせいで、きっといくらかはしっかりした絵になっているだろうと呑気なことを考えておりますが、上の二行は井上靖の「雪」という詩の中で見つけたものです。
そんな雪とのコントラストで弱々しい僕の絵はきっと濃度を増すであろうが、見に来て下さる方々には足元がすっかり汚れて大変なご苦労だろうと気の毒でならない。けれども萎縮とは反対に、雪はどこかしら僕を幸せな気分にしてくれる。
鉛筆で書く(描く)行為にはたしかに精神の匂いがするし、雪は跳ね上がった青春の記憶(あの時)をしずかに蘇らせてくれるからだった。
* * *
『ざくろの夢』150×150mm、他
最古の哺乳類型爬虫類ドヴィニアの頭蓋骨が見ている柘榴の夢だろうか、それとも、柘榴が見ている我々の祖先ドヴィニアの夢だろうか・・・
『鉛筆派』展/コート・ギャラリー国立
2022年1月6日(木)〜11日(火)迄
AM 11:00 〜 PM6:00 最終日PM 4:00迄
http://www.courtgallery-k.com/
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インフォメーション
2022-01-06T16:48:00+09:00
佐藤 三千彦
JUGEM
佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018724
ニコラス・デ・クザーヌス
まっすぐに飛ぶジェットはたえず弧をゑがく
『 二 つ の ト ロ フ ィ ー 』
新年になって知ったのだが、旧知の友から知らせがあって、彼の娘さんが無事、暮れに第一子を授かったとのこと。めでたい朝にめでたいことが重なった、なんともめでたい知...
まっすぐに飛ぶジェットはたえず弧をゑがく
『 二 つ の ト ロ フ ィ ー 』
新年になって知ったのだが、旧知の友から知らせがあって、彼の娘さんが無事、暮れに第一子を授かったとのこと。めでたい朝にめでたいことが重なった、なんともめでたい知らせであった。ところが、ここからが彼らしく、学生時代に陸上部だった彼は、歳を重ねた今でもグランドで走っていた。だからそんなグランドの片隅かどこかで見つけたのだろう・・・ 雨風に晒された古びた質感の球体(球技用の玉のよう)を天からの「くださりもの」として持ち帰ったとのこと。彼はデザイナーでありアーティストであったから、彼の眼に叶ったその古色蒼然としたオブジェが、その時、一つのトロフィーにでも見えたのだろう。掌の中でころがし、お嬢さんの無事を祈り、新しい命の誕生を喜びながら、“賜物”として大切に持ち帰ったのだと思う。
話を聞いて、「ボクも球体に興味がある」と応えてしまった。「それはいいことだ!」と互いに共感しあったが、私のは頓狂なものだった。
6日からはじまる鉛筆画展用の絵を描いていたとき、ニコラス・デ・クザーヌスの「あらゆる直線は無限の円の弧である」という言葉を思いだしながら描いてたからである。クザーヌスのいう“直線”とは、たぶん、宇宙的で始原的なものであろう。私の利き手は直線を描いているつもりであっても、たえず弧を描いていたからであった。
彼からの「くださりもの」のお裾分けにより、直線だと信じていた定規も、身体の技も、宇宙の磁力かなにかによって実は微細に弧を描いている、と信じるようになってしまった。私のは球体というより弧であったが、なべてのものはみな歪んでいると思うと気が楽になった。
軽々と真っすぐに歩けなくっても、スーッと直線が引けなくっても、ポンコツになってゆく「くださりもの」の命を楽しみさえすればいいのだと・・・ ナチュラルな感覚が私へのトロフィーなのだ。と、いつしか一年の抱負になっていくようでならなかった。
Y氏よ! あらためて、おめでとう。
『一角獣は涙をなめる(部分)』424×348mm
* * *
コート・ギャラリー国立
2022年1月6日(木)〜11日(火)迄
AM 11:00 〜 PM6:00 最終日PM 4:00迄
http://www.courtgallery-k.com/
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インフォメーション
2022-01-03T12:08:00+09:00
佐藤 三千彦
JUGEM
佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018723
鉛筆派展20記念展
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昨日はたくさんの方々から誕生日のお祝いメッセージや、励ましの言葉、ちいさな可愛い画像のギフトなどを頂戴しました。そのつどお返事すべきところ、かまけてしまいました。大変に申し訳ありません。遅れま...
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昨日はたくさんの方々から誕生日のお祝いメッセージや、励ましの言葉、ちいさな可愛い画像のギフトなどを頂戴しました。そのつどお返事すべきところ、かまけてしまいました。大変に申し訳ありません。遅れましたが、本日ここに御礼を申し上げます。有難うございました。
御礼の場ではありますが、新年早々から開催される「鉛筆派」展の御案内をさせて戴きます。元はといえば、拙い自己流の鉛筆画で運よくイラストレーターとしてデビューしましたが、以来、鉛筆からカラーインク、アクリルガッシュへと画材を変えてきました。しかしここ近年、混迷したまま現在へと至っています。そんな折り、画家・建石修志氏から声をかけて戴き、参加することになりました。40余年ぶりの“エンピツガ”で右往左往しましたが、妙な楽しさと懐かしさを思いだす有意義な時間を過ごすことが出来ました。私のエンピツガは相も変わらぬよちよち歩きですが、60余名の方々によるバラエティー溢れる展示会です。宜しければ見て下さい。^_^
未だ先の見えないコロナ禍です。どうか、ご無理なく・・・・
2022年1月6日(木)〜11日(火)迄
AM 11:00 〜 PM6:00 最終日PM 4:00迄
1月9日(日)PM 4:00 多賀 新+建石修志トークショー
「鉛筆派展20記念展」
コート・ギャラリー国立
186-0004 国立市中1-8-32
TEL.042-573-8282 FAX.042-573-0023
http://www.courtgallery-k.com/
infomation@courtgallery-k.com
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インフォメーション
2021-12-18T09:12:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018722
2021 アルゼンチンタンゴ・発表会
今年も大矢英一郎先生が主催される年末恒例、天空劇場にて開催されるアルゼンチンタンゴ・ダンス発表会のためのチラシ・ポスターなどのお手伝いをさせて戴きました。
本年も昨年同様コロナ禍のために人数制限などあって、招待券をお持ちの方だけの入場となってい...
今年も大矢英一郎先生が主催される年末恒例、天空劇場にて開催されるアルゼンチンタンゴ・ダンス発表会のためのチラシ・ポスターなどのお手伝いをさせて戴きました。
本年も昨年同様コロナ禍のために人数制限などあって、招待券をお持ちの方だけの入場となっています。唯、応援などで御入場されたい方は先生迄ご一報下さいとのことです。生徒さんやゲストの先生方が、今年も天空の舞台に華麗な華を咲かせます!
2021年12月25日(土) PM14:30 開場
お問い合わせ(大矢) ▶ 080 5009 4054
東京芸術センター 天空劇場 ▶ 〒120-0034 東京都足立区千住1丁目4−1
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インフォメーション
2021-12-12T21:10:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018721
鬼才「篁 牛人(たかむらぎゅうじん)」展
新年早々から始まる「鉛筆派」展に誘っていただき、その為の絵をいま描いています。けど、すっかり忘れていたエンピツガ! じつは高級すぎる画材であり、私は難義してますが、黒と白の静謐な、深淵な世界へと自然導かれてゆくことを、素直な気持ちで楽しんでいます。
...
そんな折、水墨画家・篁牛人(たかむらぎゅうじん)の展覧会が大倉集古館で開催しているので観てきました。
白と黒、黒と白…… うっとりしながら、それら階調を堪能しました。かわいくて、のぶとくて、直線から曲線へ、そこで一呼吸したわずかな直線からまた曲線へ、墨は黒々と、白い和紙の余白は漆喰の如く表情をしていました。或は、赤児の髪ほどに細い消え入りそうな鉄線画(仙女 1969年)がフランス刺繍のように散っていました。そんな中、なんとなく荒れた絵で、自暴自棄な感じのする「蚊龍(こうりゅう)1967年」という絵があった。蚊龍とは、時運に恵まれず実力を発揮し得ないでいる英雄と記してあったが、篁牛人は画壇に恵まれず、孤独と酒の中で生きたとか! 絵で生きてゆくことは大変だけど、たくさんの勇気をもらった画家・篁牛人展でした。
天;大倉集古館表玄関と水墨画家・篁牛人のポスター
上;老子出関の図/1969年
中;金時と熊(部分)/1947年
下;大倉集古館階段踊場の狛犬と六角窓
地;大倉集古館階段の手摺と真鍮細工
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日々是好日
2021-12-05T21:05:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018720
『双頭の鷲』に関する、観念
秋
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活
字
へ
ひ
ど
く
安
い
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...
秋
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活
字
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三島由紀夫の「魔ー現代的状況の象徴的構図」(『小説家の休暇』より)と、『双頭の鷲』に於けるジャン・コクトーの「彼等が存在であるよりも観念であった点に存する」の“観念”、この観念の悲喜劇! 誤算や思い違いからくるどうしょうもない人生の浮き沈みに、私はつい思いを馳せてしまう。
それが人間だから・・・
我々は、存在していると思っていても、いつでも“虚”を歩いているファンタスティックなアニマルだなのだ。
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日々是好日
2021-12-03T22:12:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018719
ウィトゲンシュタイン
実際私ときては、自分の表現したいことの、いつもせいぜい半分しか表現できない。
いや、それでさえ誇張であり、多分十分の一しか表現できない。
確かにこのことには何か意味があるに違いない。
私の書(描)くものは、しばしばただの「口ごもり(手のふるえ)」にすぎ...
いや、それでさえ誇張であり、多分十分の一しか表現できない。
確かにこのことには何か意味があるに違いない。
私の書(描)くものは、しばしばただの「口ごもり(手のふるえ)」にすぎないのだ。_ウィトゲンシュタイン
よるべない女性=浮舟の嫌悪感が来るべき時代の入口で、沈黙へと至る源氏物語の宇治十帖をコロナ禍の中で読んでいて、ウィトゲンシュタインの“沈黙”をフッと思いだす。*文中の( )は、わたしのつぶやきです。
仕立てのいいジャッケットを着るルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン・・・オーストリア・ウィーン生まれの哲学者。
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日々是好日
2021-11-01T11:42:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018718
「印象派・光の系譜」展
昨日、三菱一号館美術館へ行った。この美術館は2010年に開館したときから、内覧会の招待状を送って下さる。いま開催されているのはイスラエル博物館所蔵の絵画(大半が日本初公開)による「印象派・光の系譜」展だ。クールベ・ブーダン・モネ・セザンヌ・ピサロ・ゴッ...
昨日、三菱一号館美術館へ行った。この美術館は2010年に開館したときから、内覧会の招待状を送って下さる。いま開催されているのはイスラエル博物館所蔵の絵画(大半が日本初公開)による「印象派・光の系譜」展だ。クールベ・ブーダン・モネ・セザンヌ・ピサロ・ゴッホ・ゴーギャン・ルノワールなど、各点数は少ないが、戸外制作を求めた画家たちの“光”を楽しんできた。中でも、今回はドイツの画家=レッサー・ユリィに魅せられた。キャンヴァスの大きさが身体的にマッチして、絵筆とペインティングナイフの描き分け(「赤い絨緞」)には見入ってしまった。強い光はペインティングナイフ、暗部はブラシ、そのコントラストが甘やかだった。また、「夜のポツダム広場」のブルーの夜景と雨に溶けてゆく黄のイルミネーションに圧倒された。ともかく、彼のはどれも(都合4点)画肌が良かった。
レッサー・ユリィは初めて知った画家だが、彼の描いた作品自体にドラマがあって、収蔵していたユダヤ博物館が強制閉館へ追われ、没収され、後になって、旧帝国文化院(ゲッベルスが監督)の地下に眠っていたのをユダヤ人返還継承組織によってコレクションされたとのこと。その運命をも、わたしは見た。
一般公開は本日、2021年10月15日〜2022年1月16日迄
https://mimt.jp/israel/
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日々是好日
2021-10-15T10:06:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018717
アンゲルス・ノーヴァス (新しい天使)
夢のうつつの幻の… るてん / z e a Mi notaurus(ゼアミノタウロス)
一
千古のよるべなき暗闇と、稲妻の閃光する果てに辿りついたミラノ駅からローカル線に乗って、とある町に着いた。「受胎告知」と題された絵をクレタの王宮で見て以来、他愛なく。...
一
千古のよるべなき暗闇と、稲妻の閃光する果てに辿りついたミラノ駅からローカル線に乗って、とある町に着いた。「受胎告知」と題された絵をクレタの王宮で見て以来、他愛なく。修道僧でありながら画家という男に会ってみたいと思ったからだ。
柔らかなフローレンスの風に吹かれながら聖教会へ向かってぶらぶらと歩くにつけ、ピアニョーナの鐘が泣いていた。
二
回廊を尋ね、祭壇を尋ね、僧房を尋ねたが男はいなかった。図書室を覗きながら裏庭に出ると、男は野菜畑の真中で涙しながら玉葱を穫り入れていた。私が Ciao! と尋ねると、涙目を見せて「バジーリコの匂いがするのは君なのかい。ね、そうだろう。懐かしいじゃないか」と言ってあらぬ方を見て私を抱いた。「おや、太ったね。それに変な角まで生えているじゃないか・・・ 昔は蚊蜻蛉のように痩せてたくせに。あれから今はどうしてるんだい?」と、うるんだ目付きのまま尋ねた。時の旅人です!と応えると、安心したかのように「天空と神秘をさまよい歩く渡世人か・・・つまるところ、〈歴史の天使〉って訳だな。例えばの話だが、君のような角を持った悲劇的怪物や、可能性があったであろう人々の「破局」を寄せ集めては「救済」し、この世へと蘇らせる・・・ そんな風な渡世人だろ。良い仕事じゃないか」と独りごちっては、「愚僧もそのつもりでキリストの磔刑図を描いてるんだ」と言った。
三
なにを言わんとしたのか解らなかったが、過去にこの修道僧と言葉を交わしたことがあるという確信が強まった。聖教会を尋ねたときにも感じたが、繰り返しては寄せてくるリュネットの波に溺れるたびに、あの忌まわしい迷宮の天井を覆っていた半月形の部屋でひとり遊んでいたころの眩暈と思考が突然に、蘇ったからだ。ひょっとして、「受胎告知」の絵に誘われながらここまでやってきた本当の理由とは、父とは-----。 Angelico・・・神の祝福を受けたこの画家は私にとって夢万年、テセウスの如き救済者であったのかも知れない。
四
*青銅の剣に朝の太陽が当たってきらめいた。もはや一滴の血も残っていなかった。「アリアドネ」とテセウスは言った。「信じられないことだが、ミノタウロスはほとんど抵抗しなかった」
五
駅へ辿りついたころ、こまかい雨が降りだした。また闇を歩くのだろうか。それとも、瓦礫を耕す〈新しい天使/アンゲルス・ノーヴァス〉となる瞬刻だろうか。再び来るとは思えない駅舎のホームへオレンジ色の前照灯をつけたローカル列車が入ってくる。私は勇ましくベンチから立ち上がって、列車に向かって近づいて行った。近づくたび、両の耳が透けた翼みたいに少しづつ長くなっていくような気がした。
Icon_アンゲルス・ノーヴァス
acryl gouache
572✕423: 2021.
poem_新しい天使
* 第四節にて、J.L.ボルヘスの『アステリオーンの家』の一部分を引用する。また参考文献として、敬愛するアントニオ・タブッキの『ベアト・アンジェリコの翼あるもの』(青土社)と、ヴァルター・ベンヤミンの『ヴァルター・ベンヤミン/闇を歩く批評』(岩波新書)などからインスパイアされたことを記しておく。
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空白ノ王国
2021-08-07T13:21:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018716
夢泥棒の夢
夢のうつつの幻の… るてん / z e a Mi notaurus(ゼアミノタウロス)
一
厄介なバルカン諸国は、尚、揺れていた。
そのあい間を縫って、北回り路線と南回り路線が出会うベオグラード駅には遠つ国で開催されたオリンピック選手団が帰路へ起つため、群...
一
厄介なバルカン諸国は、尚、揺れていた。
そのあい間を縫って、北回り路線と南回り路線が出会うベオグラード駅には遠つ国で開催されたオリンピック選手団が帰路へ起つため、群がっていた。
駅には紳士淑女になりすましたスリや山師が、金貨銀貨を腰の袋にザック・ザック詰め込んで歩いている欲の深いアガメムノン大王(ぼったくり男爵)の股間を狙っていた。
二
黒い疫病は蔓延し、Gaia は夢泥棒の夢によって巨大な一粒の魔都へ堕ちて行くだろうに。
Icon_聖家族ジュブナイル騎士団
acryl gouache
532✕378: 2008.
poem_夢泥棒の夢
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空白ノ王国
2021-07-30T10:29:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018715
バイエルンの薔薇摘み人
夢のうつつの幻の… るてん / z e a Mi notaurus(ゼアミノタウロス)
一
列車がシンプロン・トンネルへさしかかった頃、私の隣で一人静かに食事をしていた老人が、やにわに話しかけてきた。男は東洋人ふうで、卜者だと名乗ってからこんなことをいっ...
一
列車がシンプロン・トンネルへさしかかった頃、私の隣で一人静かに食事をしていた老人が、やにわに話しかけてきた。男は東洋人ふうで、卜者だと名乗ってからこんなことをいった。 失礼だが、貴殿の謎を一つあばいてご覧にいれようか-----
二
歴史を変えることはできないが、貴殿の青ざめた血には獣の匂いがしていた。冷たい鋼鉄の匂いもしている。だが思い悩むことはないだろう。次の駅のローザンヌあたりで下車をして、湖水地方でも散策してご覧なされ。その時、草叢で銀の針を拾うような又となき時の間に魔に溺るゝことであろう。一八九八年九月十日、死に取り憑かれた黒いぬばたまの貴婦人と出逢い、貴殿と婦人はそこで一つの生を切り開く・・・ 今日がその刻。
三
老人は「一千年ぶりの帰郷ですわいな」と応え、サンクトペテルブルク、イルクーツク、ハバロフスクと回って旅順へ、そこからは船旅じゃ。と、独り言ちってしまうともう消えていた。
四
ワゴンリーの応接食堂車(サロン・カー)はすでにシンプロン・トンネルを通過していた。白布の上のカンテナック86年が濃いルビー色を見せ、グラスからいまにも零れ散るかのような格好で妖しく揺れている。車窓の縁に飾ってあった花瓶の薔薇が匂っている。
五
乳房から心臓左心室まで達する鋼鉄の刃による暗殺!のジレンマに、レマン湖畔を散策するオーストリア皇妃の幻影が浮かんだ。気高い鷲が錯乱してでもいるかのような皇妃の眼差しは、一八九八年九月十日、邪悪な罠を私に仕掛けるアフロディテよりも美しかった。
六
-----Trap。・・・聖なる怪物を乗せた列車の尾はもうとっくにシンプロン峠の逢魔ヶ隧道を超えていた。そしてゆっくりと、ゆっくりと、ローザンヌという名のプラットホームにむかって減速をしていた。
Icon_クラクラナッハ・ルクレティア
acryl gouache
385 ✕ 298: 2020.
poem_バイエルンの薔薇摘み人
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空白ノ王国
2021-07-26T10:35:00+09:00
佐藤 三千彦
JUGEM
佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018714
ワゴン・リーの小部屋
夢のうつつの幻の… るてん / z e a Mi notaurus(ゼアミノタウロス)
マリモのような風船玉につつまれて
すべては遠い世界のような
生きているのか死んでいるのか
そんなことはわからないけど
たいくつまぎれに
人差し指をまげてみたりのばしたり
一人遊...
マリモのような風船玉につつまれて
すべては遠い世界のような
生きているのか死んでいるのか
そんなことはわからないけど
たいくつまぎれに
人差し指をまげてみたりのばしたり
一人遊びをくりかえす
あれ狂う波 ゆらめく傷口
記憶の中では人間だったが
わたしはいま
別の生きものになっていた
けれども「よい旅を!」とだれかが言う
遠く遠く こころとからだが
母の国を歩くとき
魔窟のようなミノスの島で
なぜあんなにも人を殺したのだろうか
そんなことはよくある事だと
過去 未来 現在を生きる
髪の白いおんなが歌う
「こわくないから出ておいで」と
手を差しのべながら
錦の衣をわたしに着せて
花ノ御所へといまこそ誘う
希望はもたないという希望をだいて
一人遊びをくりかえす
あれ狂う波 ゆらめく傷口
Icon_ワゴン・リーの小部屋
acryl gouache
455×375: 2021_7_22.
poem_ゆらめく炎
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空白ノ王国
2021-07-22T20:00:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018713
銅 花(さびばな)
オモダカによく似たクワイが群生するころだと思い、近くにある湿地帯へ行ってみました。正月以外にはめったに食せないそのクワイです。オモダカ科オモダカ属。矢尻形の葉を見るのが好きですし、12月生まれの私の星座が「射手座(サジタリアス)」! オモダカ属は「...
オモダカによく似たクワイが群生するころだと思い、近くにある湿地帯へ行ってみました。正月以外にはめったに食せないそのクワイです。オモダカ科オモダカ属。矢尻形の葉を見るのが好きですし、12月生まれの私の星座が「射手座(サジタリアス)」! オモダカ属は「サーギタリア」と言ってどちらも「矢(sagitta)」に関係があります。だから蚊に刺されながらもゆっくり鑑賞してきました。^_^ 初夏に咲く白い花がもし見れたらラッキーです。
銅 花(さびばな)
少年ゼアミは歩くのが好きだったが、今日はいつになくよく歩いた。父になじられ、殴られたからである。悔しくっても流れない涙のがんこさを忘れるために、裸足になって、泥ん子のまま歩いていた。けれども、城の礎石が残っている山のてっぺんへ上がったころには、こころが奇麗さっぱりになっていて未練はなかった。
みれば黒い雨雲がむくむく迫っていて、冷たい風が流れたとおもった刹那、ザッと大粒の雨が降った。その気迫に押され、ゼアミは二、三歩ふらふらっと退いた。突然に、ブスリと下から突きあげてくる何かを踏んだ。拾ってみると、花のようであったが花ではなかった。青銅でできた古い矢鏃(やじり)の刃の上に、むかし流された血が描いてみせたサビ色の花紋様であった。柔らかに腐蝕した矢鏃が、雨に濡れた手のひらのなかで螢火のような光彩を放っている。冷え枯れて、少年ゼアミは笑うがごとくに泣いた。けれども雨がその涙を拭いていった。
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夢のうつつの幻の… 深すぎる夢
『ゼアミノタウロス』
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空白ノ王国
2021-06-22T17:28:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018712
花 を 摘 む 者 た ち
修羅の肌
その者、鬼夜叉という。生まれは卑しかったが、吉野の山へ隠った王の血筋を引くという噂。真意はわからないも、吉野の王は咒力を重んじる《異形の南朝》と呼ばれた大鬼だから、どこぞで繋がっているやもしれない。くわばら、くわばら、余計な口...
修羅の肌
その者、鬼夜叉という。生まれは卑しかったが、吉野の山へ隠った王の血筋を引くという噂。真意はわからないも、吉野の王は咒力を重んじる《異形の南朝》と呼ばれた大鬼だから、どこぞで繋がっているやもしれない。くわばら、くわばら、余計な口はきくまいに。と、ひとびとは彼のうしろ姿しか見ようとしなかった。が、鬼はそんなものを気にもしなかった。ところが、ときどき四つんばいになって歩かなくてはならない自分にあいそがつきて、都大路をあとにすることが多くなった。
吉野の秘奥でその少年は、この日、花と戯れていた。
虎ノ尾、野葡萄、鷹の羽芒、菊、女郎花、盗人萩などとり集め、瘤のように盛りあがった松の根に立てならべていた。すると風がやってきて、花を揺らした。またも風が吹くたびに、鬼は眼を閉じて深く息を吸った。ふと! 夏のなごりの葛の香がかすかに匂う・・・ ほけほけとした恍惚の悦楽が、もの狂いな幽玄美となって鬼を酔わせた。さればにゃ、青ぐろかった修羅の肌が、やがてだんだんとうす紅いろになっていった。
青
き
猿
サ
フ
ラ
ン
を
狩
る
う
す
も
ゝ
の
ぎ
よ
ろ
眼
泡
だ
ち
ふ
り
む
く
哀
し ・・・(落雁)
父とともに猿(申)楽能にいそしんだ少年ゼアミ、幼名「鬼夜叉」へ・・・ あるいは、クレタ島のクノッソス宮殿の壁画に描かれあったサフラン摘みの「ブルー・モンキー」へ献ず
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夢のうつつの幻の… 深すぎる夢
『ゼアミノタウロス』
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空白ノ王国
2021-06-02T10:59:00+09:00
佐藤 三千彦
JUGEM
佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018711
挿さんかな、花刺客
亡き愛犬〈こはく〉のための胡蝶蘭は今年も満開、十七輪も咲きました。それがいま、散りはじめています。だいたいは朝、縮んだティッシュペーパーのようになって落下していますが、今朝のは奇麗な姿のまま燃え尽きていました。十番目の落花です。微笑んでいるような...
亡き愛犬〈こはく〉のための胡蝶蘭は今年も満開、十七輪も咲きました。それがいま、散りはじめています。だいたいは朝、縮んだティッシュペーパーのようになって落下していますが、今朝のは奇麗な姿のまま燃え尽きていました。十番目の落花です。微笑んでいるような、涙していているような・・・、ちょっぴりセンチな朝でした。
穢
れ
ゆ
く
世
へ
挿
さ
ん
か
な
花
刺
客
し
ろ
し
五
辨
の
ナ
イ
フ
翳
し
て ・・・(落雁)
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日々是好日
2021-05-27T11:11:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018710
イリス紫のリボン
歌と花を愛でる皇子いて、これ、後の崇徳院なり。こころ優しく、素直な人間であったが、父に嫌われ、見捨てられて、一命の支えを歌と花に求めていた。されば、虚空で歌う鳥の法悦を師として仰ぎ、女王卑弥呼の称号であった「金印紫綬」のシンボルにも似るむらさきの...
歌と花を愛でる皇子いて、これ、後の崇徳院なり。こころ優しく、素直な人間であったが、父に嫌われ、見捨てられて、一命の支えを歌と花に求めていた。されば、虚空で歌う鳥の法悦を師として仰ぎ、女王卑弥呼の称号であった「金印紫綬」のシンボルにも似るむらさきの花、あやめを愛してやまなかった。
皇子は血筋にしたがい、のち、天皇となったが、父の裏切りによりわずかな歳月をもってその位を剥奪される。天皇への執着、父への愛憎、不安、虚無、修羅にからめとられて歓びはなく、虚ろいの日々を過ごしていた。「戦に勝てば叶う!」と人にそそのかされ、歌の、花の、香(かぐわ)しき世界を忘る。ついには鬼となって謀反を企てるも力なく敗北。げに、保元の乱であり、讃岐の地へと流された。
花
菖
蒲
濃
む
ら
さ
き
の
血
と
涙
し
み
じ
み
咲
か
せ
よ
蕾
ふ
く
ら
む ・・・(落雁)
流刑地にて、崇徳院がこの世の勝負(かちまけ)などもうどうでもいいと思いさだめしころ、遠きギリシアから辿り着いたと聞く球根の、濃いむらさきいろの花を見つけて驚く。讃岐の人はイリスと呼んだが、まぎれもなく、かつては皇子が愛でていた花、あやめであった。
小声で、「ぐふふッ! 何事も嗤え」と、彼女は以下のことを言い残す。
『金印』のごとき政治(まつりごと)になにほどのものがあろうか。とるにたらない『紫綬』のリボンのような私、イリスと遊び、流離の宿命(さだめ)に遊んでみれば、忘れし歌は、また、あふれだす。と・・・
Icon_アイリス・アステリオーン
acryl gouache
509×394_2021
poem_イリス紫のリボン
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空白ノ王国
2021-05-05T21:30:00+09:00
佐藤 三千彦
JUGEM
佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018709
二度目の春です!
や
く
か
い
な
二
度
目
の
春
の
た
だ
中
を
影
踏
み
わ
け
つ
流
る
ゝ
か
街
・
・
・ ・ ・ ・ ・ 落 雁
*やくかい/「厄介」の意
や
く
か
い
な
二
度
目
の
春
の
た
だ
中
を
影
踏
み
わ
け
つ
流
る
ゝ
か
街
・
・
・ ・ ・ ・ ・ 落 雁
*やくかい/「厄介」の意
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日々是好日
2021-04-28T09:08:00+09:00
佐藤 三千彦
JUGEM
佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018708
樹々のシャルトルの真中にて
朝すこし早く起きます
歩いて二分ほどの都立赤塚公園へでかけます
ストレッチを丁寧にします
アヤメを観察します
近くにあるメタセコイアの樹々が立ちならぶ小さな“森”をめざします
なかで四本なかよく寄りそっている四角形の
その真ん中につッ立って
朝の光...
朝すこし早く起きます
歩いて二分ほどの都立赤塚公園へでかけます
ストレッチを丁寧にします
アヤメを観察します
近くにあるメタセコイアの樹々が立ちならぶ小さな“森”をめざします
なかで四本なかよく寄りそっている四角形の
その真ん中につッ立って
朝の光がシャルトルの尖端にでもあたっているような
そんな天空を仰ぎます
すると未来がみえてきます
風のロンドが額を撫でてゆきます
小鳥のスケルツォが聞こえています
すると一瞬ですが
浮世のノイズを忘れます
深くてながい呼吸をなんどもくりかえします
またもういちど
シャルトルのてっぺんを仰ぎます
靴ヒモの結びを確認します
背を伸ばします
すっかりと磨かれて
透明になった重いシャルトルのドアを押しひらきます
広場へでます
ご近所の人々に一言二言の挨拶します
(この早朝の挨拶は、身も心もわたしを柔らかにする)
ラジオの音が聞こえます
みんなと一緒にラジオ体操をします
終われば「ありがとう。またッ!」といって別れます
わたしの朝は まあ こんなところです
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日々是好日
2021-04-11T09:37:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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ヘルマン・ヘッセ 『アヤメ(Iris)』
ラジオ体操の帰り道、いつもアヤメを見て帰ります。今朝は雨に濡れていましたが、この花は、ヘッセの『アヤメ(Iris)』を読んでから、ますます好きになった花です。「いずれアヤメかカキツバタ・・・」は、美しい女性たちへの喩えですが、黄色い虎斑の入ったアヤメ...
ラジオ体操の帰り道、いつもアヤメを見て帰ります。今朝は雨に濡れていましたが、この花は、ヘッセの『アヤメ(Iris)』を読んでから、ますます好きになった花です。「いずれアヤメかカキツバタ・・・」は、美しい女性たちへの喩えですが、黄色い虎斑の入ったアヤメは、むしろキリッとした藍染めの仕事着を羽織った鯔背な男衆に見えてなりません。
公園には父の好きだった石楠花や躑躅が咲きはじめ、ミズキやアルプス乙女、芝桜などが咲いています。
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日々是好日
2021-04-05T09:04:00+09:00
佐藤 三千彦
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区の花ニリンソウと板橋区立郷土資料館
植物園で分けていただいた我家のニリンソウ、今年も鉢いっぱい咲きましたが、近くにある武蔵野台地の崖線に咲いているニリンソウ(区の花)が見ごろです。ところどころに黄色い花が咲いてますが、ヤマブキソウです。この花は山吹に似た呼名ですが、山吹は“樹”でバラ科...
植物園で分けていただいた我家のニリンソウ、今年も鉢いっぱい咲きましたが、近くにある武蔵野台地の崖線に咲いているニリンソウ(区の花)が見ごろです。ところどころに黄色い花が咲いてますが、ヤマブキソウです。この花は山吹に似た呼名ですが、山吹は“樹”でバラ科、ヤマブキソウは“草”でケシ科です。罌粟のように艶があり、野草としては優雅な花です。
「樺太アイヌ」展の続・後期展が開催されたので、また郷土資料館へ行ってきました。
その横で、珍しい先込め銃(前装式銃)の展示がありました。上段の火器はエンフィールド銃、下段はスナイドル銃です。とても程度がよく見入ってしまいましたが、高島平の“高島”は、江戸後期に活躍した砲術家「高島秋帆」の名が由来です。現・高島平に洋式砲術演習場所があったからです。資料館には火縄銃等が常設されています。
帰り道、武蔵野崖線沿いにクサイチゴが群生していて、公園の隅っこには黄色い蛇イチゴがたくさん咲いていました。桜はもちろんのことですが、小さな花々や鳥類も元気です! (^_^)
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日々是好日
2021-04-03T09:16:00+09:00
佐藤 三千彦
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「樺太アイヌ」展と、吉田一穂
すぐ近くにある板橋区立郷土資料館で小さな小さな、ほんとうに小さな「樺太アイヌ」展* をやっていたので見てきました。
板橋にゆかりのあった人類学者石田収蔵のコレクションを展示した、樺太アイヌ、ウィルタ、ニヴフの資料や調査記録を紹介したものだった。
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すぐ近くにある板橋区立郷土資料館で小さな小さな、ほんとうに小さな「樺太アイヌ」展* をやっていたので見てきました。
板橋にゆかりのあった人類学者石田収蔵のコレクションを展示した、樺太アイヌ、ウィルタ、ニヴフの資料や調査記録を紹介したものだった。
シャーマンの手彫りでつくったミミズクや人物像の木偶も味があったが、“少女たち”という一枚の写真に釘付された。とくに説明もないのでこれはわたしの勝手な遊びごころですが、「少数民族の王女さまとはこのようなものであろうか」と思った。
華やかではないが、相手を見透かすようなスリリングな夢見のまなざしに、野生のエレガンスが匂う。(左から二人目の少女。^_^) 卑弥呼のように魔力を秘めて呪術的!
この少女の“王女”さまへの比喩は、かえってリアリズム!
久しぶりに、明日は吉田一穂の詩を読んでみたくなりました。
「古代緑地」
「白鳥古丹」
「黒潮回帰」
「故園の書」
童話「絶壁の荒鷲」などを・・・
*令和2年(2020)、北海道白老町にウポポイ(民族共生象徴空間)と日本で8番目の国立博物館となる国立アイヌ民族博物館が開館しました。開館を記念して、当館が所蔵する石田収蔵が収集した樺太アイヌ、ウィルタ、ニヴフの資料や調査記録を紹介します。
石田収蔵は、東京帝国大学の人類学教室を主宰していた鳥居龍蔵の次席に当る人物でした。明治から昭和初期にかけて、収蔵は樺太のアイヌ、ウィルタ、 ニヴフの民俗調査に出かけたことが葉書や写真から判明しています。収蔵のノートは、当時のアイヌの人々の聞き取りや風俗を知ることができる貴重な記録と なっています。博物館の開館を機に、異文化を学び尊重するきっかけとします。(板橋区立郷土資料館のインフォメーションより)
民族共生象徴空間
https://ainu-upopoy.jp/
( 資料の撮影は〈許可〉されていたのでパチリ、とてもラッキーでした)
離れにある古民家では年中行事の「ヒナマツリ」展が開催されていたのでこちらもパチリ! です。
板橋区立郷土資料館
https://www.city.itabashi.tokyo.jp/kyodoshiryokan/index.html
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日々是好日
2021-03-24T21:46:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018704
ニホンカモシカ
いいものとわるいものの違いなんてわからないけど、なくしてはいけないものがあると思う。それは幻・・・・
わたしが生まれたところは鈴鹿山脈の主峰、御在所岳の近くだった。この山へは父に連れられて、樹氷を見たり、スキーをして楽しんだ。中学生になるとス...
いいものとわるいものの違いなんてわからないけど、なくしてはいけないものがあると思う。それは幻・・・・
わたしが生まれたところは鈴鹿山脈の主峰、御在所岳の近くだった。この山へは父に連れられて、樹氷を見たり、スキーをして楽しんだ。中学生になるとスキーの板を担いで、朝はやくからこの山を登った。下りのことを思うと、二時間ぐらいしか滑ることができなかったが、自力で登り、自力で下るよろこびは大きかった。山頂にあるスキー場へはスイスCWA社製のまっ赤なゴンドラに揺られて登ることもできた。そんな折り、ゴンドラの窓からニホンカモシカを見ることができた。けれども自力で登りながら、額や首の汗をふきつつ空の彼方を見上げたとき、巨岩の上からジッとこちらを見下ろしているニホンカモシカの雄姿にであうことがあった。夢万年、わたしには単なるケモノではなく、哲学者のような姿に、それ以上のものがあった。
歳を経て、そのことを忘れたわけではなかったが、ボルヘスの「アステリオーンの家」を読んだとき、意識の奥深いところで身を潜めているものがあった。偶蹄目ウシ科のニホンカモシカである。ラビリンス伝説のミノタウロス(別名:アステリオーン)とおなじウシ科のカモシカは、その時からわたしだけのアステリオーンとなり、わたしだけの聖獣となった。
A S T E R I O N : 黝い街とバラ色の石
Icon_いいものとわるいものとそのまんなかの幻と
acryl gouache
455×380_2021
poem_幻
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空白ノ王国
2021-03-20T21:42:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018703
アステリオーン
じぶんは王妃の息子であり、にんげんの母親から産まれたものでありながら、この地上と、地下と、山岳におよぶ長い通路と部屋によってできている牢獄、ラビュリントス(迷宮)に閉じこめられていた。
ラビュリントスとはギリシア語で「両刃の斧の宮殿」という。両...
じぶんは王妃の息子であり、にんげんの母親から産まれたものでありながら、この地上と、地下と、山岳におよぶ長い通路と部屋によってできている牢獄、ラビュリントス(迷宮)に閉じこめられていた。
ラビュリントスとはギリシア語で「両刃の斧の宮殿」という。両刃の斧は三日月形をした牡牛の角を二つあわせた格好で、この迷宮の至るところに飾ってあったが、むろんのこと、父王の旗じるしでもあった。けれども、迷宮を歩くことはあっても、じぶんが宮殿を歩いたことは一度もない。皆から「牛鬼」と呼ばれ、忌み嫌われる囚われ人でしかなかったからだ。
父や母に疑いをもつことは、すでに背信であろうか・・・
殺人者よ! おまえがやってくるまでは、不敵なる野生の石となり、沈黙が必要なこの美しい場所にて物音ひとつたてずに生きつづけることだろう。だって、渇いた沈黙には海のむこうの帝国を占領したり、人と争ったりすること以上に価値を持つから。
A S T E R I O N : 黝い街とバラ色の石
Icon_アステリオーン
acryl gouache
509×394_2021
poem_無言に生きる
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空白ノ王国
2021-02-27T10:07:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦
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http://blog.michihico.com/?eid=1018702
アリアドネの糸
「汚い」があるから 「美しい」がある
きれいは汚く 汚いはきれい・・・
花の香りとセクシーな牡牛、そのブレンドの匂いの線がアリアドネの糸だと思う。
だから、「花のすきな牛」フェルディナンドの絵本もいいな。
巣ごもりしなくてはならないこのコロナ...
「汚い」があるから 「美しい」がある
きれいは汚く 汚いはきれい・・・
花の香りとセクシーな牡牛、そのブレンドの匂いの線がアリアドネの糸だと思う。
だから、「花のすきな牛」フェルディナンドの絵本もいいな。
巣ごもりしなくてはならないこのコロナ禍、ギリシャ神話の迷宮伝説は興味深いです。
だから、いつまでも本が読めて、ちょっぴりお勉強のできるおだやかな世界でありますように・・・
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空白ノ王国
2021-02-11T09:55:00+09:00
佐藤 三千彦
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佐藤 三千彦