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灰と雪とノスタルジア


いまさらながらかも知れないが、グレゴリー・コルベールのライフワーク映像『Ashes and Snow/灰と雪』を見て、アンドレイ・タルコフスキー監督『ノスタルジア』をふたたび見た。


  人間よ 耳を傾けろ
  君の中の水に
  火に
  そして灰に
  灰の中の骨に
  骨と
  灰に


上記の台詞は映画『ノスタルジア』のなかで“狂人”ドメニコがローマのカンピドリオ広場にあるマルクス・アウレリウス騎馬像の上で演説したときのものである。「この世界を存続したければ、手をつなぐのだ………(中略)、アスファルトや社会事業に占領された頭脳に虫の羽音を入れるのだ」「自然を観察すれば、人生は単純だと分る」「道を間違えた場所まで戻るのだ」等と唱えた後で、“狂人(聖人)”はガソリンをかぶって焼身自殺する。と、同時に、ロシアの作家アンドレイ・ゴルチャコフはドメニコが果せなかった世界救済へのアナロジカルな儀式、“ローソクの火を消さずに広場を渡る”の願いを果し、屋根のない廃院や、その院内へ横たわったアンドレイに雪を降らせて映画は終わる。

モノクロームな映像、静謐なカメラワーク、対比と融合、彼方への視線、羽根、雨のシャワー、郷愁、回帰、愛、贖罪、ローソク、水、夢、睡眠、開かれた古書が炎や風に揺れて………、ガラスの壜がころがる音と『Ashes and Snow』のファーストシーンでの音質、その音の移動性、手紙、犬という生き物、聖なる母、「メイドが主人の家を放火した」という台詞、ないしょ話し(抱擁)、etc.ときりがない。ふたつの映画における相似同一性と差異の不可思議!?


               * * *


  灰は火に 火は地に 地は骨に 骨は髄に 髄は灰に 灰は雪に

  羽根は火に 火は地に 地は骨に 骨は髄に 髄は灰に 灰は雪に 
  羽根は火に 火は地に 地は骨に 骨は髄に 髄は灰に 灰は雪に
  羽根は火に 火は地に 地は骨に 骨は髄に 髄は灰に 灰は雪に
  羽根は火に 火は地に 地は骨に 骨は髄に 髄は灰に 灰は雪に


こちらの詩は『Ashes and Snow』のなかで“鳥の道しるべ”と呼ばれた一通の手紙からはじまるナレーションを、俳優の渡辺謙がくり返しくり返しリフレンする箇所だが、他に………


  家が焼けても かえって月がよく見えるようになることもある
  ぼくは 自分のなかで放火したすべての楽園を眺めた
  手に入れてはみたものの 手放した楽園があった


などがある。

グレゴリー・コルベールのキャリアは1983年パリで手がけた社会問題のドキュメンタリー映画からはじまったと聞くが、1983年はくしくも、映画『ノスタルジア』がイタリアで製作発表された年である。ちなみに、『Ashes and Snow』は2002年にベネチアで発表されるも、その歳月には十年以上も費やしたとか。

『ノスタルジア』も、『Ashes and Snow』もともに素敵な映像だ。



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