CALENDAR
S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< November 2019 >>
ARCHIVES
CATEGORIES
MOBILE
qrcode
<< 練りものに取り囲まれた時代 | main | カルティジアンの罪 >>
パワーゲーム
ここにこそ、わたしの霊的葛藤の中心がある。すなわち、自己否定、自己軽視、自己嫌悪との軋轢(あつれき)である。……(中略)わたしには価値がなく、役立たずで、取るに足らない存在だと思い込ませようとする……(中略)

消費者の自己イメージの低さを巧みに操作して、物質的な手段で霊的満足が得られるかのような消費優先主義の経済が大手を振っている。自分は「ちっぽけな存在」だと思っているかぎり、自己イメージがすっかり変わると約束するかのような物を買ったり、そのような人にあったり、そのような場所に出かけたりすることに、たやすく誘惑されてしまう。しかし、こうしたことに操られ、誘惑されるたびに、わたしは自らをさらに卑しめ、望まれずに生まれた子であるかのように自分を見てしまうのだ。

「自分を本当に愛してくれる人はいるのだろうか? 自分を本当に気にかけてくれる人はいるのだろうか?」

消費社会は、子どもっぽい欲求を満足させることにふけるよう奨励してきたのではないか? 未熟な依存から自らを解放し、責任ある大人としての重荷を引き受けるようにと、……(中略)チャレンジした人はいるのだろうか?……(中略)絶えずわたしたち自身が回避してきたのではないだろうか?


ヘンリ・ナウエン『放蕩息子の帰郷』あめんどう 片岡伸光/訳より

*この本は、兄、弟が、彼らの“父”から財産を均等に分与されたが、弟は放蕩の末に財産を無駄使いして帰郷する。。。。しかし、それを心から温かく迎える“父”。。。。その間家を守り、なんら落ち度がなかったはずの兄がかかえなければならない黒い葛藤。。。。画家レンブラントが晩年になってから描いた『放蕩息子の帰郷』の絵と出会ったヘンリ・ナウエンが、ボロボロになって帰郷した放蕩息子の両肩へのせた“父”の大きくて温かいその手のありかから、わたしたちをソリチュードな旅路へと誘い、道案内をしてくれる希有な本です。





| 文学 | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://blog.michihico.com/trackback/896653
トラックバック