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聖書17/100週間


『民数記』第26章〜第36章/『申命記』第1章〜第4章を読む

先週にひきつづいて、今週もイスラエルの共同体における二十歳以上で兵役に就ける者を人口調査した『民数記』を最後まで読んだ。そして、モーセの遺言とも言うべき『申命記』を新たに読んでみた。が、さてさて、旧約聖書はユダヤ教であって現在のキリスト教とは随分と違っているとはいえ、なかなかもって合点のいかぬことばかりであった。

今度読んだ『申命記』についてだが、イスラエルの民はエジプトを出て約束の地であるカナンへ向かう途中、荒野を通って苦難の旅が延々とつづいているが、はたして、約束の地“カナン”とはいかなる場所であったのだろうか。今から何千年も前のことであり、地球は現在より格段の広さであったろう。それを考えれば空地はいたるところにあったと思う。どこへ辿りついてどの場所を自分たちの国にしょうがたいしたことではなかったと思う。しかし、この辺り一帯は世界最古の文明地であるシナイ半島で、チグリス・ユーフラテスと呼ばれる肥沃な大地で、数々の勢力の基盤になっていた土地柄である。そのことを考えると、約束地“カナン”とは東京でいえば新宿の裏手にある新大久保や、霞が関の土手下にある赤坂のようなものであって、やすやすと手に入りそうであって、その実そう簡単に手に入らない場所ではないだろうか。現に第1章ののっけから、ヨルダン川の東側に君臨していた王たちを、イスラエルの神の名のもとにつぎつぎと侵略し、殺戮や略奪をくり返している。

『民数記』のように事が同族間の戒めや争いごとに関してであれば、それがどれほど厳しかろうが別に頓着はしないが、『民数記』で軍隊を編成し、その力でもって邪魔者を制圧してゆく姿には、“自由の国アメリカ”という身勝手な価値観を唱えながらネイティブな人々が住んでいた土地を次から次へと自分たちのものにしていった奇兵隊やカーボーイ、それらを底支えていたアメリカという国の姿がオーバーラップしてならない。これが今週の感想です。



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