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羽根の巣のなかの猫


ゆらゆらと揺れる蝋燭の炎に照しだされたオレンジ色の結晶体を、指でなぞっていたメムリンクが突然、頓狂な声をだした。
「だめよ、レースが溶けちゃう。お願いだから、蝋燭の明りは一つにして頂戴!」
「ああ、そうだね」と返事をして、一つだけを残した。
結晶体をしばらく静かに眺めていたが、メムリンクはふり返って、硝子に触れて冷たくなった自分の指を僕の手に重ねた。
「寒いわ」
「やっぱり明りは灯そうか? それとも、暖炉に火を入れようか?」
「いいの」
「どうして」
「だってレースがみんな死んじゃうから」
「レースなんか死んじゃたってかまうもんか」
「あら、どうして」
「そりゃ、君のことのほうが大切だからさ」
「ほら、そういう言い方、わたしは嫌いだな。あんなに美しいアラベスクなのに」
「なんだっていいさ、君のことが大切だから」
からめていた指の手をゆっくりほどいて、メムリンクは僕の首を両手で弄んでから、僕の口に唇を押しつけた。

メムリンクをひきつけて強く抱きしめ、しばらくはそのままにしていたが、二人はやがて激しく抱きあい。糸がひくような接吻をくり返した。しかし、メムリンクはやがて、僕の腕をやさしく解いてすり抜けて、少しはなれたところに置いてあったソファへ腰をおろした。その距離が微妙だったので、キャビネットの上に置いてあったフランス産の古びたコニャックの蓋をねじり取って、こんもりと丸みをおびたグラスへ琥珀色した馥郁の酒を注いだ。そして一つをメムリンクに手渡して、僕はキャビネットへ戻り、立ったままでひと口大きく含んだ。このとき、オルゴールがどこかに置いてあったことを想出した。そして、その音を鳴らしてみたいと思った。

メムリンクがソファから立上がったような気がしたが、暗くてよく解らない。オルゴールをあちらこちら捜しているうちに、それが聖書の置いてある棚にあったことを想出した。さっそく手さぐりで見つけ、メムリンクのいるソファへ向かって歩いたが、ソファは空っぽだった。「フフッ」と、咽喉からもれでる女の声が暗闇にした。声のする方角へ向かって進んでみると、寝台の羽根布団にくるまって、羽根の巣のなかの猫のように爛々と眼を輝かせるメムリンクが、身をひそめ、一糸もまとわぬ裸身で蒼白く横たわっていた。


*ルーマニア国物語『トランスシルヴァナイト』(きみの乳ぼくの血)』のあらすじは、こちらのトランクを開けて下さい。全文を読んで下さる方は、フロント・ページ左にある “CATEGORIES” の列の「トランスシルヴァナイト」を開き、下から順次上に向かってお読み下さい。主な登場人物はこちら。


| 東欧奇譚/未完 | 00:25 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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