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ジングルのベルのクリスマスの女


エリザベート伯母様の二百五〇回目のお誕生日会は、無事に終った。
お客様がみんな帰ってしまった後、しんと静まりかえった城ではクリスマスの準備が召使らによってなされていた。ぼくたちもクリスマスの手伝いをして楽しもうとしたが、メムリンクは伯母様のお誕生日会のときも、そしていまでも、蝋のような、あるいは、魂のぬけかかったビスクドールのような白い表情をして、なかば眠るように。なかば唇を無防備に開放したまま、そこにいた。

フォガラシ城へはじめてやってきた日のつぎの朝、編目硝子の窓から外を眺めていたことのあった窓辺へメムリンクを誘った。窓辺は出窓になっていて、外へ張りだした部分がベンチになっている。ベルベットでつくった緑色や紅色のクッションが置いてあったので、メムリンクをそのひとつへ座らせ、ぼくたちは並んで座った。
今日も雪が降っている。

メムリンクに元気がないのは、のぞき込んだ僕の心が、かの人の心に反映しているからだろうか・・・。正直、僕も疲れていた。メムリンクに殺されるかもしれないというケチな了見ではなく、その反対からである。メムリンクは僕のことを殺したいほど憎んでいる。それでいて、いまだ憎みきれないのだ。それにひきかえて、おれはほんとうにメムリンクのことを愛しているのだろうか。メムリンクがおれを殺したいのも、それでいて殺せないのも、メムリンクがおれを愛してくれているからであろう。そんなお前にひきかえて・・・おれはどうなんだ。聖家族ドラゴンジュビナイル救貧修道病院でお前をはじめてみつけたとき、おれはお前に同属の匂いを嗅ぎとった。立ち位置がどこかしら似通っていたのだ。だからお前に近づいた。おれはおれ自身の慰めとして、お前を修道病院の裏庭へと連れ込んで、ハアハアと、ハアハアと鬼ごっこをくり返した。おれの魂はたえず膨張しつづけていて、果てのない虚無の中を永遠に彷徨いつづけていたんだ。だから、おれはおれ自身のことしかなにも考えていなかった。

ふりかえってもみれば、お前はいつでもおれの傍にいてくれて、わがままなおれの夢を無邪気にかたちづくってくれていた。ましてや、命を助けられ、こうしてお前をいま目の前で見つめれば、おれのゆがんだ心がやっぱりお前に映り込んでいて、それがヌヌという女の仮面のくぐもり声となり、不毛な愛の断片におしつぶされそうになっている。お前の気持ちをなにも知らないで、この城の『オークの間』へ昔のようにまたも連れ込んで、有無を言わせずお前をいたぶってしまった。

雪のように白くて冷たいミルフィーユの層のように重なった涯のない世界の空洞のなかで、なんどでもなんどでも生き返って産まれてこられたのは、お前のような優しい有機生命体が、わがままなおれの傍にたえず付いていてくれたからなのだ。

「メムリンク!」と叫んび、ミルフィーユのはざまのような宇宙に浮いた等身大の鏡に映ったと思えば膨らんで、やがて貫通してゆく有機生命体のゆらめきのような宇宙線的存在の一瞬を、おれは強く抱きしめてみた。有機生命体はもの言わぬ表情でぼんやりとこちらを眺めたまま、なかば眠るように。なかば唇を無防備に開放したままそこにいる。おれは表へと飛びだして、一塊に握った硬い雪の玉を持って帰って、ビスクドールのようにじっと座ったままでいるメムリンクに手渡してあげた。幽かではあったが、雪の冷たさに驚いたか、メムリンクは白い頬を染めて笑った。それからゆっくりと、女は「ジングルのベルのクリスマス、おめでとう」と呟いた。

無防備だった女の唇から吐きだされた響きが、隠しておきたいほど恥ずかしいおれ自身の弱さを突きぬけて、これまでにはない原始の気持ちにさせてくれた。そこでぼくも、「ジングルのベルのクリスマス、おめでとう」とささやいた。

それから二人はいつまでもじっとしながら、紅と緑のクッションに座ったままでいたが、メムリンクの手のなかの雪がすっかり溶けてしまったのを機に、ぼくたちは立ち上がった。気掛りな絵が階段の踊場に掛てあったのを思いだしたからである。
溶けた雪で前スカートの腰のあたりは恥ずかしいほど濡れていたが、メムリンクは気にする様子もなく、なんだか嬉しそうに、ぼくの腕を取って歩きはじめた。(つづく)


『トランスシルヴァナイト』のあらすじは、こちらのトランクを開けて下さい。全文を読んで下さる酔狂な方は、ブログのフロント・ページ左側の最下
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