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べねぢいと(祝された)


-----と言って、メムリンクはギーにしなだれかかった。《それが本心なのか、女の捨て身からなのか、ギーにははかりかねた》

僕には君とおなじ病気があってね。って言うか、ちょっと違うのだけれど、つまり、気狂いがあってね。いつだって強く生きよう、丸く生きようと誓って生きているのだが、満月が近づいてくると、その直前で身体の中身がひっくり返ってしまうんだ。もっとも、いきなりそんなことになって、うすももいろや氷河色した内蔵が外へとびだして露出するわけじゃないんだけれど、自身の中ではひっくり返っちゃう。すると、奥にあったはずの物静かなものが表へと暴れだしちゃってね、そこに無数の針や糸、ハサミや鉗子らがぶらぶらとぶら下っている。まるでね、それは壊れちまった時計みたいにチクチク・カチカチとうるさくってしかたないんだ。

痛そうだわよね。でも、さっきからなにをぶつくさ言っているの。
「はやく抱いてよ!」と、メムリンクは涙を流したまま、忌まわしい顔つきでまたも叫んだ。
クレヴァスの裂目ができてしまったメムリンクをぎこちなく抱きしめたからであろうか、彼女は僕の胸を強く押しのけると、地面にぺしゃりと座り込んでざあざあと泣いた。涙は厚く塗られた化粧をいよいよ溶かして、いままでが異様に整いすぎていたヌヌの風貌を、この世のものならぬほどあけっぴろげに広げ放った。

「涙を流すと、なにもかもがなくなってしまうから恐いの」と言っていたメムリンクの言葉が、いまになってようやく理解できた。しかし、男の僕には手のほどこしようがなかった。だからこのままでもいいのだと思った。しめに締めつけておいたゼンマイの輪が、その弾性をすこしづつ喪失するにしたがい、やがて静まりかえってしまう道理に似て、ことのなりゆきをただぼんやりと眺めているしかなかった。

 目はうつろになって。
 こめかみは凹んで。
 耳は冷たくちぢみ、耳朶がはらはらと痙攣していて。
 厚化粧の下からのぞいた皮膚は硬くつっぱって乾燥し、黄ばんでどす黒く。
 唇に締まりがなく、だらりと垂れさがったまま冷たく、ひどく白くて。
 苦しそうであった。


神に救いをもとめることさえ放棄して、か細い肉体をつつむ脆いミルフィーユのような層の空間を、プランクトンのように彷徨いつづけながら生きてきた女。裏返せば、プランクトンのように生きつづけてきた男。その男とこの女が引きあった恋慕とも愛憎ともつかない息づかいの疲労しあう場所で、じっと見つめあうことの後めたさ。

僕はとっさに膝まづいて、抱こうとすると手足をばたつかせて嫌がる女を強く抱いた。すると、とめどなく流れる女の涙や涎でまざりあった血とも膿ともつかない液体が、僕の咽喉から首すじを伝い、胸から鳩尾、腹から腰へと流れ落ちた。ずるずるした生温かいものは、ついに金剛杵のように硬くなったペニスへと至り、まるで水蛇が螺線をえがいて絡んでくるように絡んで離れなかった。そんな女が流した涙の、涎の、血の、膿の言葉をペニスに受けとめて、こわれてゆく女とともに泣いた。女もまた、裏返ってしまった僕の皮下組織にぶら下がる針や糸を強く引っぱっては泣いた。

二人は濡れた体をひとつにからめとって、オーク材でできた床へくずれ落ちたまま、なめくじのような姿になっていつまでも愛撫する。

失くしたものを回復するという〈オークの間〉の伝説を嘲笑ったメムリンクの表情が、さっきよりは和らいでいった。

          ∴

どれくらいの時間がたったろうか? 白い粉雪は割れた高窓のあいだからちらちらと舞込んで、部屋の途中で消えていったが、夜も更け、暖炉の火が消えかかっているせいもあってだろか、書籍がならんだ部屋にうっすらと粉雪が積もりはじめていた。だが、それでも二人は抱きあったまま、塩を振掛けられたなめくじが溶けて縮んでゆくように、身動きひとつすることもなく、失くしてしまった自分を見いだしてくれるという〈オークの間〉で、いつまでも死んだようにじっとしていた。

真夜中だというのに、遠く・・・近く・・・手慣れたチェンバロの音が静かに流れ響いてくる。きっとエリザベート伯母様だろう。気づかいされたその音色は、まるでトランスシルヴァナイト鉱石の薄い針状テルルが幽かな金属音を残しながら「べ・ね・ぢ・い・と」と、無慈悲な時間によって剥がれほぐし落とされてゆくときのような音。

あるいは、冴え冴えとした煌めきにも近く、人の心の奥深き優しさがあるところからあふれでた音・・・曲はどうやら、『美しきクリスマス』のようであった。(つづく)


『トランスシルヴァナイト』のあらすじは、こちらのトランクを開けて下さい。全文を読んで下さる酔狂な方は、ブログのフロント・ページ左側の最下
位にありる “CATEGORIES” の「トランスシルヴァナイト」を開き、下から
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| 東欧奇譚/未完 | 00:32 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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