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慰安の人形

 「ぼくはミドリ色の航空服を着ていて…、君は桃色のやつ」と、けだるそうにぼそぼそと歌うあがた森魚の『乗物図鑑』を聴きながらイラストレーションを描いている。
 今年に入ってからコンピューターのひどいトラブルがあって、その方の事情に詳しいイラストレーターのY氏に修復してもらったが、あちこちに後遺症がいろいろとまだ残っていて、ぼくも彼も難儀をした。しかし、それも今朝あたりからやっと落着いてきたと推測している。「Y氏、本当にごくろうさんでした」って手を合わせる感じだ。
 そんなことでそうこうしているうちに、講談社から依頼されている『妖怪アパートの優雅な日常』の原稿締切り日が迫ってきている。中面のカットは間に合わないだろうが、表紙絵のカラー原稿は約束の日にまでには入稿したいと思っている。そこで、妖怪といえば暗い感覚だろうから、その気分を盛り上げるために『乗物図鑑』を聴いていたのだが、そのなかに「黄昏ワルツ」という曲があって、”暗い感覚”が欲しくなった折りなどにはよく聴く曲なのだ。暗いといっても『妖怪アパートの…』は若い人向けのシリーズで、オバケと一緒に暮らしている高校生が主人公の愉快な物語だからそんな必要性はまったくないだろうが、ぼくらの商売は”いかにしてその扉を開くか”にかかっていると思うので、今回の原稿に書かれている舞台が「雪山にある古いホテルでの怪事件」という内容だったから、ぼく的には「ヒュッテ・ヴァイオレンス・ホテル怪事件」って銘打った気分でテンションを上げるために聴いていたのだ。この曲はそうした意味においては横綱だろう。
 ところで、ぼくには幼いころからイメージをつぎつぎとリンクさせてゆく惰性の習性があって、例えば、あがた森魚のこの曲を聴いているとルー・リードの『ベルリン』を聴きたくなるし、『ベルリン』を聴いているとセルジュ・ゲンスブールの「メロディー・ネルソンのバラード」を聴きたくなる。「メロディー・ネルソン・・・」の中にでてくるビビガールなお人形さんであるジェーン・バーキンとゲンスブールがささやきあう、秘そやかなバラードを聴いていると、詩人・安西冬衛の「軍艦茉莉」や「河口」を再度読みたくなってしまう。
 実のところはコンピューターが壊れたせいにしてはいるが、こんなふうにしながらだらだらと無駄な遊びをしているから原稿が遅れるのだ。

 「河口」は短い文体の詩なので、全文を原文で記しておく。なお、〔 )内の平仮名はぼくが添付したルビーである。


 河口

歪(いびつ)な太陽が屋根屋根の向ふへ又墮ちた。
乾いた屋根裏の床の上に、マニラ・ロープに縛られて、少女が監禁されてゐた。夜毎に支那人が來て、土足乍(がて)らに少女を犯していつた。
さうゆふ蹂躙(じゆうりん)の下で彼女は、汪洋(わうやう)とした河を屋根屋根の向ふに想像して、黒い慰(なぐさ)めの中に、纔(わずか)にかぼそい胸を堪(こら)へてゐた-----

河は實際、さういふ屋根屋根の向ふを汪洋と流れてゐた。
           『安西冬衛全集』第一巻 宝文館出版 一九七七年


 蛇足だが、この詩をあらためて読んでみて思うことは、「マニラ・ロープに縛られて」とか、「監禁」とか、「少女を犯して」とか、「蹂躙の下の少女」という言葉はどれもレトリックであって、そのような現場を真に受けてはならない。ここにはそのようなことはなにも書いてないのだ。すべてはたまたま持ちだされた比喩であって、煩わしき日常や、あるいは現実から「少女」を解放してくれる装置なのであって。大切なことは、夢にまで見る河に流されて大海へ身をゆだねてみたいと願うかぼそき少女の白い小舟こそが、まさにエロスなのだ。

 そうした心情の安西冬衛が大好きで、ぼくは僕のブログ名を『軍艦茉莉』號とした。


*コレクションの人形は、Doll Artist/Rinnko Sutouによるもの。
| 文学 | 14:57 | comments(1) | trackbacks(1) | pookmark |
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| - | 2007/01/12 11:43 AM |
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あがた森魚
あがた森魚
| = 音凾 = | 2007/01/10 4:28 PM |