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二人のことば


こんなに汚くてきれいな女
なんて美しいのだ
黙ったまま女はまだ雪景色をじっと見ていた
おれはドラキュラ王子がその後どうなったか気掛りで
「ビザンティンの戦いの後、ドラ・・・・・」
そう訊ねようとしたとき
「ゴロー」と 女が口火を切った
「ゴロー、わたしたちはあの戦いの後、約束を果せなかった」
「ああ」
「秘密書簡文が届いて、あなたと一緒にミジエ港まで歩いたわ」
「途中ボードゥアンの犬たちがやってきた」
「ええ、それでわたしたちはドラキュラ王子が待っているミジエ港へは行けなかった」
「メムリンク。おまえはヴェネツィアの船に乗せられてエジプトへ行ったと聞く」
「ゴロー。あなたはフランスの船に乗せられてエルサレムへ行ったと聞く」
「それでドラキュラ王子はその後どうなったのだろうか?」
「耳の聡いヴェネツィア商人の噂では、王子は小アジアのアナトリア半島で精力をのばすオスマン・トルコのスルタンに拿捕されたそうよ」
「ちくしょうめ!」と 思わず叫んでしまった
「あの戦いで、みんなバラバラになってしまったんだわ」
窓の外をずっと眺めたままメムリンクがそう呟いた
外のさびしい景色と女の熱い掌のぬくみが際立った
メムリンクのその後の生涯をおれが聞くわけにいかなかった
おれは自分のことを話した
「メムリンク」
「ええ」
「おれはエルサレムで結構楽をしたんだぜ」
「うふ、嘘つき」
「聖地に駐屯していた聖ヨハネ騎士団の中に父の父のことを知っている老人がいて、その男が随分と親切にしてくれたんだ」
おれは女を抱きよせようとしたが身体が動かなかった
「好きよ」と メムリンクが小さな声で言った
「ボードゥアンがラテン帝国の皇帝になって、エルサレムでは彼の息のかかった騎士団が大手を振っていたころだったから、あなたの立場はそう簡単じゃなかったと思う」
「ああ・・・・・・・その通りなんだ。嘘を言ってすまなかった」
「楽になったのはその後なんでしょ」と 言って 女は笑った
おれの気がずんと軽くなった
「ずたずたになってしまった身体をおまえによくしてもらってから、やつらにまた玩具にされてしまった。解剖学のいい見本にされちまったんだ」
「アレキサンドリアの商人から聞いたわ、そんな少年がいたって。まだ解剖学が発達していなかったころだったから・・・・わたしが余計なことをしたばっかりにあなたに苦労をかけてしまって」
「そんなことはないさ。こうしていまもいられるんだから」
「そう・・・・・・よ・・ね。そうだわよね」
「くる日もくる日も、実験施設で傷口を開かれ」
「そのまま放置されたままで」
「そう、そのままで。ときにハサミがぶら下がったままのこともあった」
「でも、ときどきは歩いたわよね」
「ああ、そんな開放日、おれによく似た少年たちが日陰の庭にいて、みんな嬉しそうに飛跳ねていたが、だれもが転びそうでどこかに傷口を持っていた」
「雪が激しくなってきたわ」と 女が呟いた
「身体じゅうが震えて、膿にまみれて転んでいるところへその男が来て助けてくれた」
「運が強いのね、よかったわ」と 言った
「エルサレム会議と言うのがあって、駐屯している騎士団の招集会議の日だったんだ」
「テンプル騎士団、ドイツ騎士団、そして聖ヨハネ騎士団ね」
「ああ、それで助かった。彼は〈青い血〉のプライドを持った男だったから・・・・今夜はきっと大雪だな。ブラショフはまだ遠いのだろうか?」
「ゴロー、わたしね」と メムリンクが外の景色を眺めたままささやいた


『トランスシルヴァナイト』のあらすじは、こちらのトランクを開けて下さい。全文を読んで下さる酔狂な方は、ブログのフロント・ページ左側の最下
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| 東欧奇譚/未完 | 13:01 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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