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迂回


小さなトランシルヴァニアン・グリーンの馬車は、一頭でも十分に引ける大きさであったが、これから行く処を暗示するかのごとく、二頭立てだった。馬力もあり、スプリングが効いていて乗り心地に申しぶんなかった。しかも、コンパクトな室内であったから、僕と彼女の身体はぴったり一つにならなければならなかった。

ハンチングを被った男が馭者台の上からこちらをむいてなにかを言った。たしか?「よい季節にいらっしゃいましたね」とかなんとか言ったような気がした。馭者は馬車の外の椅子に座ったまま話したので、声の調子でそう思っただけである。
だから僕は、嗚呼! とだけ応えた。
コロジュヴァールの町にはまだ夏のなごりの風情が残っていたが、遠くはチェコのプラハからハンガリーのブダペストを経て、トランシルヴァニア地方の森の彼方を走る国際列車パンノニア号の鉄路を横断し、ルドゥシュあたりまでくると気温はぐっと下がりはじめた。カルパチア山脈、フォガラシ山脈、ビホルやムンテレマーレの山々に囲まれた盆地へとさしかかったのだろう。路傍の栗の樹の葉が風にゆれるのを馬車の窓から眺めていると、寂しい音がかさこそとして、わけもわからずに、港町コンスタンツァのはずれにあったテキルオギルの村を思いだす。

テキルオギルは自分が生れ育った村である。(であったような気のする)生家には、老木の大きな柿の樹があって、いまごろはその柿の実が赤く熟しはじめ、葉っぱもみどりから赤味をさしている頃であろう・・・。季節はすでに、もう秋の口であった。

街を出たときからいまのいままで気づかないでいたが、女の靴が泥で汚れているのを想出した。僕がハンケチーフをだして拭いてあげようとすると、女はそのままでいいと言った。それから、白い脚を狭い馬車のなかですばやく組直した。

ルドゥシュを過ぎてシギショアラまでくると、馭者が突然こんなことを言った。
「おいらの村のセントゲオルグにぜひ立ち寄ってください。お近くですし、グローティス様がお待ちですから」
グローティスは祖母に使えていたことのある男だと母から聞かされたことがある。だが、祖母ショムヨーイ・バートリ・アンナが亡くなってからはこの村へ戻って、セーケイ族の首長としてレムの王と呼ばれていた。ショムヨーイ・バートリ・アンナの娘こそが、すなわち、バートリ・エリザベートであって、これから会いにいこうとしている伯母様なのだ。バートリ家はこのようにして誰もがセントゲオルグの村人を召使とした。だからこそ、その村へ行くには少々気がひけた。できれば伯母様が棲んでいるフォガラシ城か、ヴラッド・ツェペシュ侯爵様のブラン城へ一刻も早く着きたかった。

すると女がウフフと笑った。
「いいじゃないの、寄って見ましょうよ」と言った。
思いあぐんで躊躇したが、
「では頼む!」と馭者に伝えると、小さな馬車はシギショアラの町にあった十字路を左へ曲がって大きく迂回して、北方へむかって走りだした。

馬車の車輪の音が、ひときわカラカラと鳴った。


*この詩は、10月26日の「なぜ倫敦へ行くのか」へと続く。


| 東欧奇譚/未完 | 13:46 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
コメント
それはよかった。
あれは新訳シリーズのうちの一冊で、すでに古典とよばれる比較的近年の本をリニューアルしたものです。訳がゆるくて内容が半減以下になっていますが、もし興味があれば二見書房からジョルジュ・バタイユ著作集『眼球譚』生田耕作訳で古書店で手に入ります。また、河出文庫からも同氏の訳で出ています。ともにその方の翻訳本で一度読んでみて下さい。

照れないで、腹の底にあるものをだしていい文を書いてね。
| み組 | 2007/10/26 10:04 AM |
本ありがとうございます。実は最近読書をしたくて本を探していたのですがなかなか読みたいのがなかったのです。願えば叶うのか、先生が今日くださった本はわたしの好みです。なんだかこうゆうのは連鎖を感じて、わくわくしてしまうのです。

迂回を読んでいて女の色彩が浮かびます。それは明るさをおさえたマゼンタとバイオレット。なんだかいい匂いがしそうでしょう。そうやって、現実逃避をするのが好きです。
 
僕がハンケチーフをだして拭いてあげようとすると
女はそのままでいいと言った

なんかここが好きです。
| kawai minori | 2007/10/25 1:50 AM |
小生の講演会はおおむね大成功でした。120〜30人ぐらいの方が来てくださいましたし、反響も思ったよりよかったです。とくに印象に残ったのは、三島由紀夫氏とともに亡くなった森田必勝氏のお兄様にお会いできたことです。この方にも喜んでいただけました。
しかし、自分としては反省すべき点ばかりが残った講演会でありましたが、それらは、今後の反省にしたく思っています。
「贋・吸血鬼幻想譚」読んでくださってありがとうございます。
今後どうなるか見当もつきませんが、おそらく、少年十字軍にまでのびるでしょう。そしてフランス、ドイツ、日本を巻き込みながら、モンゴロイドブルーのギーは「義経記」の義となり・・・・・なんて考えているオバカな今日このごろです。まッ、応援してみて下さい。
| み組 | 2007/10/23 10:02 AM |
講演会はいかがでしたか。
お疲れさまでした。
「吸血鬼幻想譚旅行」読ませていただきます。
どんなふうに、進んでいくのか楽しみにしています。
| chika | 2007/10/22 11:17 PM |
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