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「ベアト・アンジェリコの翼あるもの」アントニオ・タブッキ
Facebook/Book Cover Challengeより

読書文化の普及に貢献するために好きな本を1日1冊、7日間投稿するチャレンジ ・リレー!七回目です


「ベアト・アンジェリコの翼あるもの」
著者  アントニオ・タブッキ
訳者  古賀弘人
出版社 青土社


ブック・リレーも最後の一冊となりました。繋いでくれた堀川さんやこれまで読んで下さった方々、どうも有難うございます。とても楽しい日々でした。私は新しい着想で作品に挑むたび、本箱の本を並び換える悪癖があります。この度のリレーも、ここ最近になって並べ換えたものや共振しあっている本を選んでみました。シモーヌ・ヴェイユやアッシジのフランチェスコ、聖ヒルデガルト(・フォン・ビンゲン)の医学と自然学、中沢新一の野ウサギの走りなどがいま一カ所に並んでいます。ですからどれにしょうか迷いましたが、共振力の強いものや、親しみのある本から選びました。が、今回のアントニオ・タブッキの「ベアト・アンジェリコの翼あるもの」は一回目の「西行花伝」とともに、共振というよりは、強く共鳴しあっている一冊です。そんなふうに震わせる震源地には、フェリーニ監督の映画「道」が地球ゴマのように一定のバランスを保ちつつ、しがない芸人ザンパノのような私の肩をたえず叩いてくれます。また、聖フランチェスコのような綱渡り芸人《キ印》には憧れますし、世間をギクシャクとしか歩けなかった人魚姫のようなジェルソミーナが強張った私の魂をいつも柔らかくほぐしてくれます。

去年の夏に眼の手術をして以来、近くにある雑木林や植物園を毎日のように散歩しながら、虫や鳥、花やタネや枝や風や、雲や雨などとまた新たに出会い、語り合ってきました。その延長線上で、以前から一度はやってみたいと願っていた仕事に偶然であい、いま縁あって真言宗のお寺で寺男のような仕事をしています。朝はゆったり食事をしたいので、仕事のある日は午前四時前には起きています。一月二〇日から始めましたから、新型コロナウイルスが日本でも騒がれてはじめたころで、なんだか奇妙な縁だったと思います。寺の境内に落ちている花、果物、石、落葉、木の実や小鳥の糞など、どれもがみな美しく、竹帚で掃くほどに心やすらかに語らいあうことのできる相棒たちです。けれども、境外の歩道へ無造作に捨てていった人間の匂いのする欠片とは上手く話せないのが可笑しいです。が、そう思う私のこころを戒めるように、あるいは浄化するように、不動明王の護摩壇から仏具の触れあう美しい金属音が日々聞こえてきます。

おそらくは、「ベアト・アンジェリコの翼あるもの」の主人公・修道院僧&画僧アンジェリコも、私が暗い蟻の巣の穴から響いてくる声を楽しく聞いているように、野菜畑に植わっている梨の木のとげとげしい枝と枝のあいだに引っかかっている“翼あるもの”たちが見えたのでしょう。「なぜきみはぼくが見えるのか?」と翼あるものに尋ねられたアンジェリコが「ぼくがきみのことを解るのは、ぼくがきみのことを解るからに尽きるようだ」と、著者アントニオ・タブッキは解きあかします。羽を打ちあわせる響きの言葉や虹のようなフォルムを見聞きできる所以こそが、あの「受胎告知」ではないだろうか・・・。いま私もそんなふうにして絵を描こうとしている。描きたいと思うが、今後これからのライフワーク、描けるだろうか。



*我に五月を! 紫水晶のような鳥の糞





| 文学 | 16:41 | comments(0) | - | pookmark |
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