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「サーカス物語」ミヒャエル・エンデ
Facebook/Book Cover Challengeより
読書文化の普及に貢献するために好きな本を1日1冊、7日間投稿するチャレンジ ・リレー!三回目です


戯曲「サーカス物語」ミヒャエル・エンデ
訳 矢川澄子
岩波書店
画 司 修


池袋にある美術学校で長いあいだ後進の指導をさせて戴いたことがあった。その折に、ミヒャエル・エンデの「モモ」を教材にしたことがある。時間泥棒が支配する現代社会のなかにあって《みずからがつくりだす自由な幻想》というような授業だったと記憶している。
この「サーカス物語」もエンデのもので、今はおちぶれはてた「賢い阿呆君」たちと呼ばれる芸人がたむろするサーカス一座の物語だが、いま、また、読んでみると、とても興味深くておもしろかった。大蜘蛛アングラマインという妖怪が吐きだす糸の網が四方八方に走っていて、ほんのちょっとした動きも嗅ぎつけてしまう・・・「完全な秩序で結いあげた謀略と恐怖が蜘蛛の権力の基本なんだ(文中)」と、現代のネット社会を先取りしているかのようだった。
サーカスだからといって芸を期待してもなにもない。けれども、絶望にも似た“蜘蛛の糸の手中”から道化師も手裏剣投げ師も綱渡り女も火喰い男たちもみな各々の芸によって闘い、愛と自由と遊び心を手に入れてゆく。しかし、それは劇中劇のなかだけのことで、エンディングはオープニングとさほどかわらないおちぶれたままの芸人一座だった。これはどう言う意味だろうか? 油断していると希望や夢はすぐにでも絶望にかわるぞ! とでも言うようなエンディングだった。ふりだしへ戻ってはまたはじまりだす。それでは、再上演には私の好きな曲を流しましょうか。革命詩人と称された谷川雁作詞のアルバム『白いうた 青いうた』のなかに収録された「アルデバラン」という美しい曲です。これはまるで主人公エリのための曲のよう・・・

  ほしぞら にくしや
  まふゆの ひとりたび

  雲まを はしるは
  牡牛の ひとつ眼よ

  わたしを さらうか
  その名は アルデバラン

  つのなど おそれぬ
  王女に なりたや

  ふぶき こおり
  つらら みぞれ

  ぼろきて あるいて
  王子に いつあえる

  このゆめ にくしや
  ほしふる 谷をゆく


末筆となりましたが、敬愛する業界の大先輩である司修さんの絵に惹かれてこの本を買ったことを記させていただきます。





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