2018.12.24 Monday
ないない王とトロイアの女たち
ホメロスの『オデュッセイア』で遊んでいるうちにようやく自分なりの骨がみえてきました。ですので夏に書いた「凪渚のオデュッセウス」を書直しました。よかったらまた読んでください。
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その男はアルゴスという小犬をポケットにいれて今日も海辺へむかった。男は知恵があるぶんやることは非情で、悪名高き策略家という噂があった。むろんそういう男ではあったが、ギリシャの詩人ホメロスが書いた『オデュッセイア』の主人公であり、えげつない汚さや暗さはなかった。
そんなふうな男はイタキという小さな島の王で、島には西風がいつも吹いていた。だから西のことはなんでも知っていたし、東のことさえわかっていた。風は球体を循環していたから、東の国のうわさ話などはあとでゆっくりと聞けばよかった。西を先取りして、東を取戻し、中の中を取るというふしぎな男であった。
中の中取りには秘密があったが、男はその術をいまだ知るよしもなかった。
気がつくと、サンダルの紐がほどけていたので結ぼうとしたとき、ポケットから愛犬のアルゴスがころころっと転がりでてしまった。捕まえようと思えばおもうほど砂浜を転がって、とうとうどこかへ消えてしまった。すると風がやんで、海が凪いだ。しずかな刹那とすれちがった男はパッと一瞬だけ消えて、のっぺらぼうの「ないない王」になった。けれども、自分が多中心の中の中心にいることを知らないでいた。
はた目でみていても海はさっきからずっと荒れていたし、西風も朝から休むことなく吹いていた。東から吹いてくる風もピューピューとあとからついてきていたし、イタカキの島はいつもとかわりなくそこにあった。(僕のイリアス・オデュッセイア詩画 「ないない王とトロイアの女たち」より 2018)