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もっと“日本人”でありたい
先日、あるところである人に能管を聴かせていただきました。若山流若山社中の方にです。

能管はこれまで幾度となく聴いてきましたが、それは能楽堂でのことであり、目の前で、それも能管だけを聴いたのははじめてでした。

能管のことはそれとなく知っていましたが、聴いているうちになんとまあ変な音だろう。と思いました。息苦しくって、割れたような、くぐもった、ときに甲高くて、叫び声のような、オソロシイ、不可思議な音がしました。

日本人はなぜこんな音を愛してきたのだろうか。なぜこんな音が作られたのだろうか。西洋楽器はそれなりのセオリーを踏めば吹けるだろうが、その人がその日に手にし唇している能管は、最近になって手に入れた年代物で、笛が鳴ってくれたのは何ヶ月も経ってからだと聞く。もちろん、上手い人だから下手ではなく、能管自体が“鳴りたがらなかった”のだった。

能管にはあえて障害物のような「のど」があって狭隘(きょうあい)されている。そのために、そのような音がでるのです。なぜそんなところに狭苦しい詰物を日本人はしたのだろうか? ともあれ、その音を愛し、その音を護ってきた日本人の嗜好性に驚いてしまった。

能楽の楽器で、小鼓も大鼓も砂時計のように胴がくびれているが、このこともやはり変なことなのです。寸胴にわざわざ狭隘部を作っているのだ。だからヌケがラテン系のパーカッションとはまるで違う。小鼓はぺろぺろとツバをつけるから湿っぽいし、大鼓は馬の皮を炭火で焙ってカンカンだし、おまけに手の平があたる箇所には金輪が嵌まっている。つまり、叩けば手が痛いのだ。う〜ん、やっぱ屈折している妙な日本人。だが、しかし、その人の能管を聴いている間中わたしが考えていたことは、そうした神秘性のある“日本人”をもっともっと誇りに思いたかったし、その日、その誇りについて覚醒をした。

能管は中国の龍笛が見本になっていると聞くが、やはりヌケのよさに我慢できなかった日本人は、ノドへ「のど」という詰物をしてしまった。変だ、変だ、変だな〜日本人って・・・やっぱこのことはすごく良い意味において、屈折しているとしか考えられなかった。

ストレートでノー天気なものには満足できず、昔の日本人は妙な音を発明発見してしまったが、最初は龍笛を吹いて楽しんでいたであろう我々の祖先は、その音には飽きて捨て置いてしまった。だが、縁側で齧っていた青豆やネズミの糞が転がり込んでしまっていて、たまに吹いてみたならば実に良い音色がした。「これだ!」と歓喜してあちこちひっくり返してみたならば、干涸びた青豆やコロコロしたクソが落ちてきた。なんてそんなアホなことまでをも想像してしまった。

秀吉の茶室と比べられる利休の茶室も能管の「のど」のような美学だし、徒然草の吉田兼好もそうだし、「見わたせば 花も紅葉も なかりけり 浦のとまやの 秋の夕ぐれ」と何もない世界を愛でた藤原定家もそうだったし・・・腸がにょろにょろと飛び出してしまう切腹も妙な死に方だし、石庭もそうだし、反りの美学も余白の美学もそうだし・・・「今、ぼくは、もっと・・・」。

犬は2万Hzくらいまでの音を聴くことができるとか、しかし、能管はその5倍もの音がしているそうです。もちろん、人間の耳にも犬の耳にも聴こえない不可聴音域の風がそこには吹いているというわけです。

能管の、その聴こえない亡霊の声のような音がわたしの三半規管の奥処にていまも鳴っております。

「今、ぼくは、もっと・・・、もっともっとこの民族を誇りに思いたいし、そうした日本人でありたいし、上っ面の化粧をした皮ではない世界を見ていたいし・・・」、嗚呼! Uさん、本当にありがとうございました。




| 音楽 | 13:59 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
君と僕のために
大阪の知人からメールが送られてきたが文字化けしていて解読不能、要送信をお願いしているがいまだ応答なし。

唯一、アンダーラインの箇所のみ解読可能、それが下記のものだった。長いメールだったがなにが書いてあったんだろう・・・・・・ますます読んでみたくなる。



           文字化けの中の一曲




| 音楽 | 00:19 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
貧民共同墓地展望亭より流る音楽
      I

悲しみの聖母騎士団から
依頼され
ナポリ西に位置する
ポッツォーリ
聖フランシスコ修道院にて
『スターバト・マーテル』
『サルヴェ・レジナ』の宗教曲
二曲を完成させた
ジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージ
彼の声楽曲をそれぞれに聴く

聖路加国際病院礼拝堂で聴いた
パイプオルガンがきっかけだった

     II 

『スターバト・マーテル』は
十二の曲調で構成され
五つが二重唱
七つがソロ
どれもが
聖母マリアの苦悩を
不協和音
転調にて
休止
急速と
激しく
そして静かに訴える

第一曲目の二重唱
「悲しみに沈める御母(みはは)は涙にくれて」
ヘ短調と
第十二曲目の二重唱
「肉体が死する時」
ヘ短調がいい

     III

『サルヴェ・レジナ』へ短調
『サルヴェ・レジナ』イ短調
どちらも
第一曲目の
「めでたし女王」
四分の四拍子
ラルゴが
奥深くって美しい
とくに
イ短調で歌う
バーバラ・ボニーの
ソロの
ソプラノが素敵にひびく

     IV

すぐれた音楽家
去勢男性高声歌手
カストラートを
世に送ったと聞く
ナポリは 
四つの養育院の一つ
ポヴェリ・ディ・ジェズ・クリスト音楽院
ここを出たB・J・ペルゴレージは
『スターバト・マーテル』
『サルヴェ・レジナ』二つを作曲した
直後!
一七三六年三月十六日
二十六歳の若さで死す

     V

死後は
貧民共同墓地に埋葬されたとか
哀しいかな
真意はともかくとして
そのような人の作った作品を
こうして後世に聴くは
なんと不思議な



| 音楽 | 12:06 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
悲しみの聖母
昨夜は
聖路加国際病院礼拝堂へ行った
以前!
ふらりと立寄ったことがある
チャペルには誰もいず
ぼくだけだった
うすぐらがりの中で
ひとりじっとしていると
老婆がとぼとぼやってきたが 
お祈りを済ませるとすぐでていった
またひとりぼっちでいると
突然にパイプオルガンが響く
まるで貴族にでもなった気分だ
だって
だれひとりいないんだ
ぼくだけなんだ
あとでわかったんだが
誰かが暗がりで
パイプオルガンの練習をしていたんだ
それもぼくの頭上で
カタカタと
ペダルを踏みながら

以来
そのチャペルでは
「夕の祈り」の前に
パイプオルガンの演奏会があることを
知った

昨夜は
オルガニスト
高橋博子さんの演奏だった
J.S.バッハ
BWV736「われ汝に別れを告げん」
BWV641「われら悩みの極みにありて」
BWV639「主イエス・キリストよ、われ汝を呼ぶ」
BWV582「パッサカリア ハ短調」
そして 
イタリアの作曲家
ジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージの
「スターバト・マーテル・・・
     悲しみの聖母」が弾かれた
この曲がとくによかった
高音域で奏でられるオルガンには
特別のものがある
「悲しみの聖母」は
「めでたし女王」とともに
ナポリ在住貴族の集団
『悲しみの聖母騎士団』から
委嘱されたと聞く
美男子
J.B.ペルゴレージは
モーツアルトに並ぶとまで頌されたが
曲が完成すると同時に
26年の生涯を結核で閉じる

鳥が啼くような
パイプオルガンの激しい息づかい
それが
こころの琴線にふれ
とても美しく鳴る曲であった
というか
演奏者がよかったからであろう

夕の祈りは
ヨハネ黙示録
第21章1節から4節
第22章5節で
聖歌は
賛美歌21の571番
「いつわりの世に」
であった



| 音楽 | 00:52 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
海のそばで殺された夢
先日、ラジオから山形県の民謡『最上川舟唄』が流れてきた。歌い手は今泉侃惇で、エンヤコラマーカセと高音でのびた合の手がきまっていた。なつかしくなって、本箱のすみから原田直之を見つけ、おなじ『最上川舟唄』を聞いた。当初、今泉侃惇さんのほうがいいなと思ったが、ひさしぶりに聞く原田直之は、やはりいい。民謡に洗練という言葉は不似合いだが、品がある。いま手元にある原田直之は掛け声も合の手もみなひとりで歌っていて、三味線、太鼓、尺八、鉦はない。バックをコロンビアオーケストラが担当していて、そのぶん土着性は薄まっているが安定感があり、忙しい都会の日常で聞くにはこれぐらいのほうが安心できて、軽い気分のまま楽に聞いていられる。(民謡はおなじものをそれぞれに聞分けてみると奥深いし、案外おもしろい)
甚句や盆唄はにがてだが、海唄、山唄、道唄、田唄はいい。つまり、ワークソングだ。『南部牛追唄(岩手)』『音戸の舟歌 (広島))』『貝殻節 (鳥取)』『小諸馬子唄(長野』)などを聞いていると背筋がピンとなってくる。フンドシをしめたような気分で凛ともする。そして、民謡は忘れかけていた大切なものを思い出させてくれる。

山崎ハコに『祭りの女』という木挽唄に近いイメージのいい曲があるが、原田直之の『秋の山唄 (宮城)』を聞いていると、地道な日々を田舎で過ごしている女が祭が近づくたび、長い黒髪をあげて「こんな粋なわたし見ないで」と都会に住んでいる同郷の男をふッとなじる。どちらの曲にも今は失われてゆく山の気配があって美しい。

そのような曲にまじって、ぼくのiPodにはトム・ウエイツやヴァン・モリソ、バルバラなどがごっちゃに入っているが、そこへ新たに、最近ちあきなおみの曲を118曲入れた。もちろん、この中には『夜へ急ぐ人』が入っているが、昨年だったかTVで放映されたときの映像には遠くおよばない。あんときのちあきなおみは舞台女優の白石加代子も真っ青なほど“怖い怖い”いい女振りを見せてくれていた。その人が死んでゆく男の耳元で優しく歌って聞かせてくれる『『海のそばで殺された夢』はなんとも凄い。
どこか懐かしさの漂うデジャヴな夢は、まるで、ジャングルの中で殺されてゆく側と殺す側の相対関係を描いたアンリ・ルソーの絵画のように・・・それは必然にも近い生き物たちのどうしょうもない関係の果ての恍惚感のようで、なんとも言いいようのない寂しい曲だ。作詞・作曲は友川かずき。逃げようのないすごい歌詞を書いてくれたものだ。ただただ、脱帽あるのみ・・・


| 音楽 | 00:02 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ソウルフル! ハコ
白い花のジャスミンが咲きはじめたころに。


   私 が 生 ま れ た 日

   祭 り の 女

   な わ と び

   さ ら ば 良 き 時 代

   時 は 流 れ て

   歌 い た い の

   冬 の 東 京

   シ ョ ー ウ ィ ン ド ゥ

   か ざ ぐ る ま

   ヨ コ ハ マ

   白 い 花

   三 日 月

   夕 陽

   橋 向 こ う の 家

   蛍     

   竹とんぼ

   て っ せ ん 子 守 唄

   望 郷

   さ す ら い

   サヨナラの鐘

 これらは山崎ハコの曲を好きな順にならべたものだ。
 どの曲も良くって順番などあってないようなものだが、このあたりはいい。もっとも、全曲を知っているわけではないし、知っている曲は全部好きなので甲乙なんかつけられないが、まあ、その中でのピックアップだ。トップ・テンのつもりだったが、ずいぶん並んでしまった。

 山崎ハコの歌は「暗い」とよく言われるが、ぜんぜん暗くない。
 あたりまえのことを歌っているだけだし、タフでカッコいい。「呪い」なんかは凄い歌詞だが、少年期や少女期に背中の羽根を喪くするときの痛みのようなものがそこにあるだけのことなのだ。釘に変化してゆく涙の音はどこかしら自己愛的なユーモラスで、事は必然だからぜんぜん暗くない。多少恐いなと思う曲に「桜」や「空へ」があるが、「祭りの女」のように遠くでしっかり光ながら凛と立っている女性の曲を聴いていると、なにほどのことでもない。
 どの曲にも鋭い透明感があって、永遠の少女を思わせる咽喉にヴィブラートがふいッとかかり、音域が上昇し、そして下降する。そうしながらも繊細なトルクをグッとかけたままで、真っすぐに歌い上げるソウルフルな歌声に、ボクはなぜかしら魅かれる。


| 音楽 | 18:39 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ある女たらしの死

                      1977 CBS Records inc.

 今日はレナード・コーエンの『ある女たらしの死』について少し書いてみたいと思う。
 『…女たらしの死』とは随分と大胆なタイトルだが、このアルバムは、ぼくがフリーのイラストレーターになったばかりのころによく聴いていたアルバムだ。西武百貨店のファッション広告を専門にやっていたシュガーポットというデザイン事務所にいたころ、すでに、このユダヤ系カナダ人の詩人でありミュージシャンであるレナード・コーエンの曲と出会っていて、すっかりフアンになっていた。どこかしら憂鬱ではあるが、ポエトリー・リーディング風の言葉を投げ出してしまったけだるさに男ぽっい華があって、ルー・リードとは一風違った頽廃感に魅力を感じていた。
 ぼくの記憶では、『レナード・コーエンの唄』のつぎに買ったLPだったと思う。いまでこそレナード・コーエンのアルバムはCDでほとんど全部持っているが、ある時かなりのLPを手放したことがある。その時に、『ある女たらしの死』のレコードも消滅してしまった。以来、どの音楽もCDで聴いているので、なくした『ある女たらしの死』のCDを今まで気長に捜しつづけていたが、それが昨日、ようやく見つかったのだ。ネットなどで購入できたであろうが、このアルバムだけは偶然の出会いの中で手に入れてみたい代物だったからである。

 昨日はすいどーばた美術学院の50周年記念祝賀会がホテルメトロポリタンであり、昼間からビールやワインを飲んだ。その後、創形美術学校の卒業生が下北沢で展覧会をやっていたのでY氏と一緒に伺ってから古道具屋やショップを覗き、二人でまた一杯やった。下北沢の駅でY氏と別れてからは、新宿へでて、一人ふらふらとディスクユニオンへ立ち寄った。そうしたら、売り場の棚のLのコーナーに永年さがし求めていた『ある女たらしの死』のCDが一枚、ぽろんと置いてあった。日本語版であれば御の字だったが、残念ながら輸入版であったが、即、迷わずに購入した。この時の気分は、まるで『ナルニア国物語』にでてくる台詞「思ってもみない時に行ける」の心境であった。

 家へ帰って“針”を落とした瞬間、一曲目の「真実の愛」が流れた途端に過去への日々へひきづり込まれてしまった。可愛いベルの音がチンと小さく最初に鳴って、レナード・コーエンと女性コーラスが螺旋をえがきながら思いっきりズレてゆく歌声とともに、ぼくの首の後ろにある急所を中心としながら、全身に鳥肌の波紋が広がっていった。永い間ずっと忘れていたものを思い出したような、なにかしらホッとする瞬間である。つぎの曲、「ヨードチンキ」もバック・コーラスが思いっきりズレている。しかし、いい曲だ。三曲目の「紙のように薄い壁のホテル」は、彼が棲んでいたチェルシー・ホテルのことだろうか? それとも、いやおうなく露出してしまう彼の心情だろうか。四曲目の「回想」は、まるでカンツォーネの「太陽は燃えているか」風の出だしではじまる陽気な曲だが、アンディ・ウォーホルのロック・バンド『ヴェルヴェット・アンダーグランド』のヴォーカリストだったニコという女性との一夜を「見せてくれないか、見せてくれないか、君の裸を」と歌っている。五曲目の「ぼくは女を待たせた」は可愛い曲だ。六曲目の「興奮したまま家に帰るな」はモータウン・スタイルのホーン・セクションと手拍子ではじまるが、女なしでは暮らせないコーエン自身が自分の戒めのために歌った曲だろうか? どこか茶化している。七曲目の「指紋」はフィドルやスティール・ギターやピアノが陽気にはしゃぐ活発な曲だ。最後の曲は、タイトル・ソングになっている「ある女たらしの死」だが、これは女たらしの成れの果を歌ったような破滅的な歌であろうか。彼の真骨頂ともいえる鬱病の美学がなんとも中途半端で、安っぽい鬱病にかかってしまったようなとろい歌い方をしていて残念だ。しかし、裏を返せば、このリアルな疲労感がコーエンのある一面だとすれば、彼の日常がボロッと出ていて実に興味深い一曲だ。
 このアルバムは、売上も評価もいま一つだったという噂がある。なるほど、ハイテンションと落込みの格差が激しすぎて、少々うわずったアルバムかもしれない。だが、ぼくにとってはコーエンのアルバムの中ではもっとも印象に残るアルバムだ。そして、バック・コーラスと思いっきりズレにズレてゆくアルバムではないだろうか。そういう意味において、「真実の愛」や「ヨードチンキ」のズレは最高にイカしている。
 コーエンのことをなにも知らなかったころ、ジャケット写真に映っている両脇の女性たちがバック・コーラスのヴォーカリストだと思っていたが、向かって右の女性があの有名なスザンヌだろう。卵形のうりざね顔に三白眼が妙に猫的だ。ギリシャのイドラ島で一緒に暮らしていたマリアンヌという女性が彼の二枚目のアルバム『ひとり部屋に歌う』の裏表紙に載っているが、この女性も猫族の風貌をたたえている。しかし、スザンヌには品と優雅な冷たさが感じられる分だけ、いったんはじまってしまえば、セックスにはただならぬ情熱がありそうな眼差しをしている。
 恋多き詩人でミュージシャンのレナード・コーエンは、永遠の女性を探し求めながら今もその巡礼をどこかでくり返しているであろうが、このスザンヌという女性にはあらゆる意味において始終メロメロであったろう。彼の無垢で幸せそうなまっすぐな視線を見ていると、スザンヌの官能的で攻撃的な美しさが増していいる分、たぶん、扱いにくい女性であったろうな。と、そう思わずにはいられない。
 その扱いづらさと、ドラッグに溺れながらも女性なしでは生きていけない彼の苦悩がこのアルバムにはよくでていると思う。
 機会があれば、このアルバムを聴いてほしい。彼の歓びや苦悩が交差していて、ズレにズレてゆく寂しさがある。そんなズレの隙間に谺するハウリングのやるせなさが、彼の音楽全般における魅力なのであろう。

 レナード・コーエンはどのアルバムも大好きだが、『LEONARD COHEN/ZURICH 1993』のライブ・アルバムの中に収められている「I`m your man」は酸いも甘いも知りながら、枯れてなお不良の大人がそこにいる凄みがある。十枚目のアルバム『I`m your man/ロマンシェード』の「I`m your man」も勿論いいが、チューリッヒのライブは、それを凌駕して遥かにいい。
| 音楽 | 15:12 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
打ち放たれる音
 学生だったころ、「夜店で売っている銭亀のシッポに焼ヒバシの先をあてると、亀は驚いて甲羅を脱ぎ捨てて逃げてゆく、その肉の塊は蜥蜴となり、残された甲羅はベルトのバックルとして使用できる。このバックルがそれだよ。」と言って、上野のアメ横で買ったインディアン・スタイルの地味なバックルを見せて、クラスメートを笑わせたことがあった。いま考えるとなんともアホな話しである。

 ところが昨日、創形美術学校の一階にあるガレリア・プントというギャラリーで打楽器奏者の石坂亥士氏から彼の楽器を見せてもらったとき、忘れていたアホな昔話を思いだしてしまった。

 彼はメキシコ産の亀の甲羅を首からぶらさげて太鼓とし、月山で見つけた鹿の角をバチ代わりにして叩く。
   
     〉〉〉ポコポコ カコカコ〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈
     〉〉〉〉ポコカコ ポコカカ〈〈〈〈〈〈〈〈〈
     〉〉〉〉〉カカポコ カカポコ〈〈〈〈〈〈〈〈
     〉〉〉〉〉〉ポコカメ ポコカカ〈〈〈〈〈〈〈
     〉〉〉〉〉〉〉カメカメ ポコカメ〈〈〈〈〈〈 
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     〉〉〉〉〉〉〉〉〉カメカメ カメカメ〈〈〈〈
     〉〉〉〉〉〉〉〉〉〉カメポコ ポコポコ〈〈〈

 と、不思議な音を披露してくれた。
 亀の甲羅は腹の部分を表にして叩くのだが、首のあたりは甲羅が厚いせいか低音で、シッポのほうへ向うにしたがって音は高くなる。たぶん、薄いのだろう。甲羅の腹を自在に叩くことによってさまざまな音色を楽しむことができて、実に素晴らしい楽器だと思った。しかし、見よう聴きようによってはとてももの哀しい楽器である。こんなものが楽器になるのであれば、人の頭蓋骨も木魚のようにポコスカと叩かれて、舌のない口で未練をぐちぐちぺらぺらと語るのかも知れない。
 シャーマンとは、そうした音色を聞きわけることができ、話すことのできる人なのであろう。石坂亥士氏とは、そうした人であった。
| 音楽 | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
虫のように
 

春雨のおだやかな雨ではあるが、排気ガスや埃でうす汚れてしまった都会の街角や樹木を、まるで謝罪するがごとくやさしく洗い流してくれている。
 部屋にはレナード・コーエンの『ひとり部屋に歌う/SONNGU FROM A ROOM』が流れている。アルバムの裏表紙にはマリアンヌという女性とギリシャのヒドラ島で一緒に暮らしていたころの清楚な部屋がモノクロ印刷してあって、オリベッティであろうタイプライターを前に、陽に灼けた背中を見せながらバスタオルのままキーを打っているピューマのような匂いを発散させたマリアンヌが写っている。
 こんな風にしてぼくは雨の音を聴いたり、ナナ・ムスクーリを聴いたり、あるいはダミアであったり、アマリア・ロドリゲスであったり、フェルナンダ・マリアであり、ミージャであり、ドゥルス・ポンテスであり、アン・バートンであり、ビリー・ホリデイであり、はてはカルメン・マキであったり、藤桂子、島倉千代子、青江三奈、森田童子…井筒屋小石丸ときりがない。これにジャズやロックやクラシックが加わって、雑多で欲張りでうすっぺらな聴き方をいつもしている。
 一曲か二曲でいい、たとえばナナ・ムスクーリの『ATHINA』の場合は「渡り鳥」や「アーモンドの木」が聴ければそれで良いのだ。
 ナナ・ムスクーリと言えば、彼女のアルバム『ATHINA』は、エーゲ海へ太陽が沈んでゆく時刻、その太陽を背にしながら淡いひよこ色のブラウスを着て、ぺんぺんとする枯草が粗末に生えている崖の上に立って、なんでもない時代遅れの白いスラックスに、いまなら吹きだしてしまいそうなヤボいデザインの白いサンダル・ヒールを履いている。肩までの長い黒髪をシンプルに真中で分けてたらし、トレードマークの黒ぶちメガネをかけて、ポーズのない格好で無表情にこちらを向いている。世界中で聴かれているアルバムにしては無味乾燥としていて、味気がない。だが、片意地張っていないぶんだけ、おのずから足るの雰囲気があり、エーゲ海へ沈んでゆくまるい太陽とともに、どこかしら安らぎをあたえてくれるアルバム・ジャケットになっていると思う。
 そんな彼女の黒ぶちメガネが知的に思えて、ぼくは久しく忘れていた茨木のり子さんの『一本の茎の上に』の散文を昨日から読んでいる。武士道は、なかった。からはじまる「なかった」の詩が鮮烈で、好きになった詩人だった。が、詩とそれほどにかわらない『一本の茎の上に』の文体がとても好きだ。なんだか『三重塔紀行』の著者である牧野和春さんのようなところがあって、「ああ、こんな風に肩の力がふんわりと抜けた文章が書けたらいいな」と、いつも励ましてくれるのだが、よそ見ばっかりしてがちがちになっているぼくにはどだい無理な話なんだ。
 レナード・コーエンが「電線の鳥」をけだるく歌ってくれている。
 「ぼくはぼくなりのやり方で自由になろうとしたのだ、釣針の先の虫のように…」と、すると単純に、また元気が湧いてくる。
| 音楽 | 13:16 | - | - | pookmark |
白い遺言

 生きることに切実であろう野の花が、深い雪の下から芽を出して、己が置かれている世界の中心をじっと見つめていたかのように生きた吉野せいさんの本をしばらく読んでいたので、普段はめったに聴かないナナ・ムスクーリの『ATHINA』を聴いた。今日のようにお天気の良い日はギリシャ音楽が似合うと思ったからだった。
 『ATHINA』のアルバムには随分とマノス・ハジダキスが作曲している。この人とよく似た名前のミキス・テオドラキスという人がいるが、この人は『エレクトラ』『死んでもいい』『その男ゾルバ』『セルピコ』『Z』『魚がでてきた日』などの映画音楽を手がけていて、どの曲も一度聴いたら忘れられないものばかりだ。二人の位置関係がギリシャでどのようになっているかをぼくが知るよしもないが、マノス・ハジダキスは女優メリナ・メルクーリが主演した『日曜はダメよ』で日本では随分と有名だが、この作曲家には深い思い出がある。
  ぼくが桑沢デザイン研究所の学生だったころ、『春のめざめ』にはじまって『エレクトラ』、『死んでもいい』、『日曜はダメよ』、『その男ゾルバ』、『トロイアの女』など、ギリシャ映画や音楽に夢中になったことがあった。が、そのころはギリシャ音楽が思うように手に入らず、演劇部の仲間であった I とギリシャ大使館を訪ねたこともあった。しかし、入手はやはり無理であった。そんなある日、I が二枚のレコードを持って学校へあらわれた。東急百貨店の古書市で見つけたとのことだった。早速に彼の家へその日遊びにゆき二枚のレコードを聴いた。ぼくたちは言葉を失った。どんちゃかどんちゃかとした『日曜はダメよ』のようなお祭り気分のギリシャ音楽ではなく、ピアノ、ハープ、ベース、ギター(ブズーキか、抑制されていて分らない)の弦楽四重奏の淡々としたものだった。知的というか…、夜の匂いがしているというか…、「これは大人の音楽だな」と言っていつまでも聴きかじっていたことがあった。ぼくはテープに保存してもらって今でも宝物のようにして大切に持っているが、 I の手元にはもう無いそうだ。もういちど良質なものに録音して、データもきちんと調べておきたかったが残念なことである。これがマノス・ハジダキスとの出合いであった。
 『MANOΣ XATZIΔAKIΣ』の劣化したカセット・テープを聴き、『ZORBA/その男ゾルバ』を聴き、『PHAEDRA/死んでもいい』を聴いた。ここにもう一つ『YOUNG APHRODETE/春のめざめ』のフルート曲があれば完璧な一日であったろうが、最初から持ってないので空で思いだすしかない。この映画のパンフレットはどこかにあったはずだが今すぐには分らない、どこかにあるだろう。思い出の映画を独りくどくどと説明するつもりはないが、『春のめざめ』は海辺で一緒に遊んでいた少女が年上の男に乱暴されるのを見た少年と、固い乳房がそのことによっていくぶん花開いていくのを感じた少年が、二人の間で唯一共通していた白い水鳥を肩に背負って入水自殺してしまう。これによく似た終りかたをしているのが『死んでもいい』だった。義母であるフェードラ(メリナ・メルクーリ)を愛してしまった苦悩する青年アレキシス(アンソニー・パーキンス)が義母に買ってもらった白いフェラーリGTに乗ってなかば自殺するかのように「ラララララララ、ラララ… フェー〜ドラ〜」と絶叫しながら断崖絶壁のワインディングロードからエーゲ海へとジャンピングする。
 少年と青年、そして女。まだ若かったぼくへ白い遺言状を残しながら二人の男子が去っていった。そんな遺言の謎を老残になった今、ぼくはまたしても確かめるがごとくに確かめて、春のおだやかな光の中で聴いている。しかし、女とはスフィンクスのごとき独立性をもって、いまだ謎のまんまである。
| 音楽 | 23:04 | - | - | pookmark |
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