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悲しみのミロンガ

世界の静かな中心であれ・・・ TANGO Aéropostale Vol;008


  手紙よ、届け

砂を噛んだプロペラに
ほんの少しだけれど
喉が乾きはじめてきた
銀キツネが運んでくれる
ダークサフランの蜜をなめたよ

夜がくだけて目覚めれば
左胸のポケットに
よい匂いのする手紙がひとつ
望郷は一滴の花にさすらい        
夜間飛行の鳥は凍える

マヤ族の少女コンスエロへ
手紙を書いてみようかな
アリ地獄のような砂塵にて
壊れかかった万年筆の
青いインクはしたたっている

ハトシェプスト女王だろうか
名前なんか知らないが
ミイラ王の柩へもたれ
このまま死んでいくんだろう
夜 自由 手紙よ届け
          All Rights Reserved;M,



https://www.youtube.com/watch?v=VkkaT20fOmY




*クロマチック ハーモニカで演奏するウーゴ・ディアスの「悲しみのミロンガ」に贋作の歌詞をつけてみた。ウーゴはアルゼンチン生まれだが、インカ語などを話す人がいる北部地方の古都サンチアゴ・デル・エステロで生まれた。「星の王子さま」の作家サン=テグジュペリの妻コンスエロにはマヤ族の血が流れている。エジプト、アトランティス、マヤはつながっていて、ボクにはなんとなく一つの世界だ。サン=テグジュペリはアフリカ、大西洋(アトランティス大陸)、南アメリカを郵便飛行士として飛んでいたし、彼は「ファラオの問題」という著書も残している。ボクの旅はまだ始まったばかりだ。(お詫び;表題を「TANGO EGYPTIAN」から「TANGO Aéropostale/タンゴ・アエロポスタル)」に変更しました)






| 花鳥風月虹の詩歌 | 20:15 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
タンゴを踊った星の王子さま



世界の静かな中心であれ・・・ TANGO EGYPTIAN Vol;007

 タンゴを踊った星の王子さま


キジバトいろの航空服を脱ぎすてて
風と砂と星のイカロスは
うすももいろの黄昏の
見覚えがある街角へ 舞降りる

空に幸せをもとめ 飛び回ったアホウドリ
一ばん星 二ばん星 三ばん星
どんなに星々を翔巡っても
自由とはいったい何であったろうか

ああ 帰りなん ボルベール!

風が運んでくれる 忘れかけていた街角の
なだらかな坂道を裸足のままに 
海が見える日常の広場へと歩きながら
そこでお前を探し お前と踊る

ああ 帰りなん 帰りなん

バラの吐息がまだ奇跡のように息づいている     
“慰め”という名のマヤ族の女の子
毒ヘビに噛まれ命つきる日が来るまでは
ともに踊ろう ともに歌おう
          All Rights Reserved;M,



https://www.youtube.com/watch?v=0TPtsf8nSpQ



*不世出のタンゴ歌手カルロス・ガルデルも、「星の王子さま」を書き残したサン・テグジュぺリも飛行機事故で亡くなった。ガルデルが作曲した「Volver(帰郷)」は有名だが、サン・テグジュぺリがブエノスアイレスにあったアエロポスタル・アルヘンティーナ社に赴任したとき、コンスエロ・スンシンという女性と出会い結婚をした。星の王子さまが美しいバラの花コンスエロと毎夜ブエノスアイレスでタンゴを踊ったであろうことは、ボクのささやかな夢なのだ。






| 花鳥風月虹の詩歌 | 22:03 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
黄昏のオルガニート




世界の静かな中心であれ・・・ TANGO EGYPTIAN Vol;006


 黄昏のオルガニート

海の見える白い町で
おれはタンゴダンスの王様だった
踊りのコルテでは 場末で一番
金のスーツに 銀のポマード
めでたい日々を楽しく過ごして
かわいこちゃんのメメに夢中さ

から騒ぎ! おお から騒ぎ

だが ある日よそ者がやってきて
そいつは喧嘩好きで いい男
おまけにすご腕の踊り手だった
低い調べ 高い調べ
おたまじゃくしを奴隷に従え 踏みつけて
蛇のごとくに くねって光る

メメ! おお メメ

おれとやつとは メメを争い喧嘩腰
やつのナイフが おれの脚を十字にえぐった

から騒ぎ! おお から騒ぎ

黄昏どきのオルガニートが・・・
縫っては奏でん こころや片足
十ヵ所 十五ヵ所

虎皮模様の切り傷を 舐めながら
メメ! おお メメと
彷徨い歩く 黄昏に汚るゝ町を
          All Rights Reserved;M,



https://www.youtube.com/watch?v=iYx1Jk3qQkM


*白い港町とはカルロス・ディ・サルリの故郷バイア・ブランカのことだが、地中海が見える白ナイル河口にあるアレクサンドリアの意でもある。「ヤツ」とはエジプト神話に登場するセトのことであり、「オレ」とはオシリスのことであって、「メメ」とはネフティスのことである。






| 花鳥風月虹の詩歌 | 10:44 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
夏の日のアトム



きのうの夜は
かぎりなく透明なマゴコロと
かぎりなくありふれたギマンの中で
カラスが死んでいたのでちいさな野の花をたむけてやった

きょうの朝は
おおきなイモムシと蝉のいのちを
人にふまれないよう
くさむらの中へそっと移してやった

あいかわらず黙ったまんま
ひれ伏したフリをしている石コロの黒い影
噫 もうどうしょうもないくらい
太陽はいっぱいだ


 (長崎、原爆投下の日によせて)

| 花鳥風月虹の詩歌 | 09:06 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
タンゴ・エジプシャン Vol ; 005




世界の静かな中心であれ・・・ TANGO EGYPTIAN


 青ナイル 白ナイル

星に覆われた空の下で 揺れている
破片だらけになった ぼくのガラクタ
汚れた顔の 汚れた切り傷
もうふさがることはない 水の裂け目で 
やぶれた翼が 泣いている

泥の揺籠 ゴンドラ揺らして
だれかの歌が 亜麻服のぼくを呼んでいる
ああぁ ああぁ らりるれ ららら
ぎこちなく その歌声と溶けあうガラクタ
治らない切り傷が 泣いている

ああぁ ああぁ らりるれ ららら

太陽のような夢 泡立ちて
ふさがってゆく 青い白い水の裂け目
ぼくはまた 生き返れるだろうか 
薔薇色の砂 灼熱の肌をまさぐりつつ
イシス きみが熱い抱擁の中にて






| 花鳥風月虹の詩歌 | 14:08 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
タンゴ・エジプシャン Vol ; 004




世界の静かな中心であれ・・・TANGO EGYPTIAN
   ムーン・ダンス

ものやお金があまりない時代にぼくは生まれましたが、それでもいろんな遊びをしながらたくさんのことを学んできました。だから電車に飛び乗ったとたんPCゲームに没頭する人々をみていると、なんだか不思議でなりません。通いなれた路線であっても光や影の調子は違いますし、お天気や季節ごとに変化してゆく人々の装いや表情、しぐさにも違いがあって実におもしろいものがあります。ですからぼんやりしながら、いまでもよくひとり遊びをします。自分の影を自分で踏んで、画家キリコが描く「通りの神秘と憂愁」に登場する少女のように、影踏み鬼ごっこをしながら無い知恵の輪をくるくる回して遊んでいます。しかしそのような遊びには軽い滑稽さをともないますが、それを自己嫌悪だとは思わずに、自身の裏側に潜んでいるもうひとつのいきもの“ファンタスティック・アニマル”との出会いだと思って楽しんでいます。

ボクサーが仮想の敵を想定しながら練習するのをシャドーボクシングといいますが、タンゴ・レッスンでもこのシャドーはとても大切なので気分転換にはもってこいです。直線と曲線の中にあって、女性の歩数や軸足を想定しながら身をかわし、よじり、接触しながら、女性を解放すべき出口へと導きながらオープン・ザ・ドアのごとく何枚もの透明なドアを開いていきます。それはまるで闘牛士のパセのように無駄のないきわどさでもって、たとえ仮想であってもアストル・ピアソラの「オブリヴィオン(忘却)」やゴタン・プロジェクトのアルバム「ルナティコ(狂気)」のリズムに合わせて兎のダンスを踊ります。

TANGO EL SIGNO! 今夜も月下の微候の中で「タラッタ、ラッタ、ラッタ、兎のダンス・・・」を能楽や茶道、剣道のようなスリ足でムーン・ダンスしています。 





| 花鳥風月虹の詩歌 | 13:44 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
タンゴ・エジプシャン Vol ; 003




世界の静かな中心であれ・・・TANGO EGYPTIAN
   タンゴ・メタ・フィジカ


子どものころにくらべると歳月の経つのがなんて早いのだろうか。そう思いながら古いカレンダーをめくってしまえば今日から七月、一年の半分が過ぎて しまいました。ぞっとしているのはぼくだけでないと知りつつも、歳を重ねすぎた自分自身の問題か、やることなすことすべてがのろくなったし部屋も油断して いるとすぐに散らかってしまう。生きていること事態がどうにもこうにも面倒なのです。

そんなうつろな時間(意識)が流れていくなかで、たまにポンポンと花火のような破裂音が聞こえることがあります。外部からではなく、それが内部からやって くる不規則な心臓音だと知ったとき、不可分な過去と未来をのべつ分けへだてている“いま”という虚無点の連続性や、いのちの尊さを激しく意識するようにな りました。瞬視としての虚無点は稲垣足穂がいうところのアウゲンブリックですが、最近、タルホ翁の「黄漠奇聞」をまた読んでみました。

「栄華をきわめたバブルクンドの王は自身の紋章である新月の青い吹き流しが本物の三日月に劣っていることを知って、夜空に輝いている月を一晩のうちに追いつめて槍で落とすも、新月のない星空の下を幾年月もかかって都へ帰ったときに見たものは、廃墟となった自身の都であり、閉じこめておいた三日月の箱を開いた途端に辺り一面がもとの砂漠になってしまった」

いま思うに“バブル君土”という地名は偶然にしては愉快ですが、この物語は権力やマジョリティな意見、時がもっている素顔の危うさをぼくに教えてくれま す。と同時に、人間界の時空を遥かに超えてしまったかのような四次元力をもつ砂の王国エジプトの姿が、いまおもしろくてなりません。






| 花鳥風月虹の詩歌 | 18:06 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
タンゴ・エジプシャン Vol ; 002




世界の静かな中心であれ・・・TANGO EGYPTIAN
   ミイラにダンスを踊らせた「ウジャトの眼タンゴ楽団」一座


ちょっと長ったらしいタイトルですが、エジプト神話のイシス女神を座長とした旅の楽団が、月夜の砂漠で一服しながらとぐろを巻いています。楽団は画家キリコが描く貨車のような屋根の上で思いおもいの音を奏でています。ジプシー・ワゴンのような貨車はファラオの石棺が納められている厨子そのもので、夜空の青い包容が切なすぎたせいでしょうか、ファラオの王棺をうっかり開けてしまいました。

死者を蘇らせることはタブーで忌み嫌われていますが、絵には「絵空事」という都合のいいことばがありますし、日本には死者との対話を美しい芸能にまで高めた能があります。

そんな小さな能舞台をコバルト色の砂漠に見立てながら、蛇腹の手風琴(バンドネオン)を主とした楽団がビートのきいたビプラートで風のようなイキを吹きかけ、ファラオのミイラを青いセラピーの力を駆使しながら蘇らせようとしています。はたして、少年王ファラオは復活のタンゴを踊れるのだろうか・・・




http://www.the-noh.com/jp/people/essay/002michihico.html






| 花鳥風月虹の詩歌 | 20:19 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
タンゴ・エジプシャン Vol ; 001


世界の静かな中心であれ・・・TANGO EGYPTIAN
   花と水のセラピー


つい先日までぴょんぴょんと跳ね回っていた子犬があっという間にぼく自身の年齢を超えてしまい、よたよた歩いている姿を毎朝じっと眺めながら散歩していると、自然、いろんなことが見えてきます。それが花であれば一瞬にして、ものの“いのち”の有様がそこにちゃんと整理整頓されて
いるようでなりません。

そんなことを考えているうち、エジプトの死生観や、標本箱にならんだような格好をしたヒエログリフが気になってしまいました。

天の女神のお腹から産まれた太陽神ラーは西の方にある口へむかって移動しながらその口へ入り、やがて体内をぬけて東の下腹部へと至り、朝、そのお腹からまた産みだされます。このくりかえしは「死者の書」のなかの死と再生の復活劇に適合していますが、バラバラにされたオシリスの身体をイシスがナイル川から一つづつ拾っては再生していったという神話とも重なりあって、エジプトの死生観をよく表していると思います。

昼の聖船や夜の聖船、空気(風)と水のはなしも好きですが、セラピストとしてのイシスの魔力だけはいつか金屏風の破れ穴からでもそっと覗いて見たいものです。この絵は、そんな花と水のものがたりです。







| 花鳥風月虹の詩歌 | 17:44 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
世界の静かな中心であれ Vol;011


世界の静かな中心であれ
    「夜と息(ポレン)」2017



アウシュビッツから生還した心理学者の手記「夜と霧」は背筋が冷たくなるようなホロコーストの記録ですが、ぼくの「夜と息(ポレン)」はのんきな絵です。

板橋区にある都立赤塚公園の周辺には武蔵野崖線がまだ多少残っていて、そこに咲いている野草をながめているうち、植物の手入れなどをしている環境ボランティア「みどりの手」の手伝いをするようになりました。春の妖精ニリンソウも終わって、これからの季節はヤマユリが咲きます。しかし、美しさのあまりに根こそぎ盗まれることもあり、今年は二、三本を確認する程度です。

そんなヤマユリの花心に鼻面を近づけたりしながらクンクンやっていると、遠い夏の日のことを思い出します。一の谷、二の谷、三の谷を超えたところに沢があって、その先に洞窟があり、ぼくたちはそれをマンボウと呼んでいましたが、そのマンボウを素足でじゃぶじゃぶ歩いていると、水の匂いとまざりあっていい匂いがしました。強い香りを放つ花がきっとどこかで咲いていたのでしょう。

甘くなまめかしいヤマユリは、この夏、だれからも穢されずにぼくを待っていてくれるだろうか。






| 花鳥風月虹の詩歌 | 22:05 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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