* * *
「この顔はね。と、女が切りだした。
そして、ある話しをしてくれた。
「いまガラス窓に映っている本当のわたし、つまり、メムリンク・ヴラッドミルチャのことなのよ。こんな顔になっちゃったのはね、あなたがさっき言っていたエリザベート伯母様からの便りにもあったように、エジプト王アクエンアテンに恨みを残した神殿派神官の末裔のせいなの。ビザンティンの戦いの後、あなたはエルサレムの戦場へ、わたしはエジプトの閨房へ売られてしまった。あなたも知ってのように、わたしの後頭部はアクエンアテンの王妃ネフェルティティに似ていたがために、神殿派神官の末裔たちに高値で売られてしまった。この神殿派神官たちは、第十八王朝アクエンアテンのときにアマルナ宗教改革というのがあって、そのときに政権を奪われた人々なの。アクエンアテンは平和の人だったと噂されているが、病弱で神経質な王だったから、裏ではそうとう酷いことをやっていた。だから、その王妃に似たわたしの後頭部に高値が付いたってわけ。それでいまでは大富豪となった神官の末裔に、毎夜となく、それはやさしく、いやらしいほど惨たらしい愛され方をしたの。この顔の皮膚はその記憶!? と、言った。
おれはなにも応えることができないでいた。
「亜麻でこさえたロープに縛られて、夜な夜な、ときには昼間からうっすらとした毒物を吸わされて、黒光りをした金太りの男にわたしは肢体を委せていた。寝床のシーツにはミイラをつつむときに使用する百五〇番手の上質なリネンや、レースの枕がいつでも花のように汚れていて、汚くてきれいなわたしをその上で男はたぶらった。そんなある日、地中海制覇の欲にかられていたマホメッド二世(メフメト二世)がその男の所有していた船団を襲ったの。利権のころあいを狙っていたロードス島の騎士団、すなわち、聖ヨハネ騎士団がトルコ軍を逆襲したため、彼らはエジプトのマムルーク朝、ザヒール・ジャクマクとカイロの王宮で謁見することとなった。帰り道、騎士団は男の館へも寄った。男に招待されたからだった。男は騎士団に女たちを晒しながら自慢をした。そして、若い騎士たちはそれぞれに女を抱いた。が、そのなかに一人、残虐な風貌をした騎士がいたが、彼はだれよりも優美で、女のことは気にもとめていなかった。椅子に座って水パイプを吹いてくつろぐこの騎士のご機嫌をとるために、男はわたしを呼んだ。騎士はわたしを見ると青褪めて、風にはためく軍旗のようにすらりと立ち上がってみせた。
『貴方様には以前にお目にかかったことがあります』と、言った。
わたしはうっすらとした毒物を吸わされていたのでなにがなんだかさっぱりしなかったが、金太りの男は『しまった』という様子でおろおろしていた。騎士がその男になにかを話すたびに、男はぶるぶると首を左右に振ったかと思うと、つぎは米突き飛蝗のようにぺこぺこした。ぺこぺこぶるぶる、ぶるぶるぺこぺこをくり返していた。
気がつくと、わたしは聖ヨハネ騎士団の美しい三角帆でできた四本マストの大型軍船ガリオンに乗っていた。船はいったんロードス島へ迂回した。ベネチア

THE KNIGHTS OF CHRIST/ARMS SERIES 155
行きの荷物を積み込むための帰路だった、そして、じきベネチアをめざした。このころ、ジェノヴァが衰退すると、計算高いベネチア人はこの騎士団を無視できなくなっていた。そこで、彼らをかかえこもうとしたが、そんなことにおかまいなしの騎士団は、これ幸いとばかりにトルコ軍の鼻息のかかったエーゲ海をさけて、ベネチア人が支配するアドリア海の航路を利用した。わたしはこの軍旗のような騎士に連れられて、ベネチアの港から南へむかい、ハンガリア王国からワラキア侯国へと至ったの。エーゲ海からコンスタンチノープル、そして黒海へ入ればすぐにもワラキアだったが、いかにも遠回りな旅をしてしまったものよね。しかし、そうでもしなければ、わたしたちはじきトルコ軍に捕えられていたでしょうに。
ゴロー、軍旗のような騎士とはいったいだれと思って? と、おれを問い詰めた。
「メムリンクのことを顔見知っていて、エジプトの富豪から足抜けさせるだけの金銭を支払い、その先、ワラキア侯国まで同行できる騎士とは・・・
「さ、だれかしら? と、メムリンクがまたも念をおした。
「ドラゴン騎士団に縁のあるものか、ヴラッド家に関係の深い方だろうか。
「レムよ! と、ぶっきらぼうに言い放った。
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『トランスシルヴァナイト』のあらすじは、こちらの
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