CALENDAR
S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< December 2018 >>
ARCHIVES
CATEGORIES
MOBILE
qrcode
エレクトラとオレステス


タンバリン・ギャラリー(神宮前)にて12月11日(火)から始まる「タンバリン展」に参加します。105名のタンバリンが並びます。きっと楽しいと思います。

http://tambourin-gallery.com/tg/2018/12/tambourin-gallery-presents-fantastic-days-2018.html

ぼくはタンバリンを叩いて弟を呼寄せるエレクトラと、復讐の蠅に追われつづけるオレステスを描きました。ふたりの物語は、遠い日に読んだ安寿姫と厨子王丸を思い出します。よかったら見て下さい。






| ないない王のオデュッセウス | 21:23 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
イリアス・オデュッセイア/行水と鎧


私は明治生まれの信心深い、髪の黒い老婆から最初の教育をうけた。

老婆は占いもやったが、産婆術を身につけていて、私も弟も、その老婆の指先から産まれた。老婆の母は藤堂藩の御殿医だった奥医者の傍使いをしていて、産婆術はその母から習ったと言っていた。ある日、私は老婆の部屋にあった押入をだまって開いたことがある。古いゴム管のチューブやうす汚れた脱脂綿とともに妙なかたちの医療器具が甲高い音をたてながら、バラバラッところがり落ちて、あたりに散らばったことがある。棚には大きな箱がまだいくつかあって、箱と箱との窮屈な隙間に糸で閉じられた本が無造作に置いてあった。本を開いてみると、うすももいろをした身体がぱっくりと開いている絵が描いてあって、いたづらをされたカエルのような格好をしていた。それが“いのち”の姿であることが解ったのはもっと後のことである。そういう家で、私は育った。

老婆は朝起きると神棚へお神酒をそなえる習慣があって、前日のお清めを下げると私を呼び、盃へ粉砂糖を落とし薬指で何度もこねておいてから、私に飲ませた。機嫌がよい日は話をしてくれたり本を読んでくれた。『安寿と厨子王丸』『やまとたける』『赤いろうそくと人魚』『地獄極楽』など、たまに『白骨の文』というオソロシイ念仏もあった。

そのような老婆もいつしかいなくなって、小さな田舎町から都会へでてきたが、なぜだか自然、水中花のような人魚ばかり描いている。そして私はこの街で迷い、さすらい、派手な幕をひろげることもなく、とうとう時間ばかりが過ぎ去ろうとしている。そんな一刹那、一瞬間において、強烈に苦悩するギリシャ文学(悲劇)のおもしろさにいま目覚めようとしている。「男は鎧を身に着けるたび時間を浪費して、女はただ行水をしている」ヒースの茂る荒れ野原から、なつかしい婆の声がする。(僕のイリアス・オデュッセイア詩画より、絵は「人魚とないない王のオデュッセウス」 2018)






| ないない王のオデュッセウス | 21:25 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
イリアス・オデュッセイア/ 曳航


アケロンの川がながれる夜の国からもどったその男は、帆を順風にまかせながらセイレンの島へむかって船を進めていた。島へ近づくにつれて風はやみ、海が凪いでいった。またもやなにかが死んだように眠っている光景をみとどけたその男は、部下たちに帆をおろすように命じて白い帆布で船の甲板を巧みに覆いつくした。船はまるで死者が羽織る経帷子のように静まりかえってしまったが、甲板と帆の隙間では船乗りたちがザワザワとしながらみな隠れていた。セイレンの妖しい姿や歌声を見ないよう聞かないようにと、かねてから用意しておいたロウの塊で耳の穴を封印していたからである。そんな儀式も終わると、船乗りたちは猫背になって櫓を漕いだ。ただ一人、艦長であるその男だけは耳にロウの蓋をすることもなく青銅の錨のうえで身動きできないほどきつく縛られていた。男は腹這いになって隠れながらも、帆と甲板の隙間から船の舳先にしるすホルスの護符のようなギラギラした眼をセイレンの島へむけて、いまにも歌われるであろう歌声に注意をはらった。帆船の後方には小さな救命ボートが一艘ゆらゆらと曳航されていたが、ボートには艦長に似せた泥人形が座っていた。

ところが、セイレンは歌わなかった。

オデュッセウスは狡猾なペテン師ともひねくれ者とも多重思考のできる天才とも呼ばれていたから、さすがの歌姫も歌わなかった。その男の裏をかいて沈黙をまもりながら、あと百年を生きるために、上等な知将からしぼりとる血のぶどう酒をどのようにして手にいれようかとそのことばかりを考えていた。まどろっこしい歌よりも手の内から甘く匂うめしべのような磁力を発散させて、船の羅針盤を狂わせた。あわや岩礁に船がたたきつけられるその刹那! オデュッセウスは錨のうえで親指を立てた。すると一等航海士のエウリュアロスが救命ボートのバランスを崩すためのロープを引張った。知将に似せた泥人形はするするっと滑って海のなかへ消えていった。のがすものかと、セイレンは海へ飛び込んだ。

船はその隙にじょうじて遁走したが、間近にてその男がみたセイレンの美しい横顔は、先のトロイア陥落の折にあらゆるものをむしりとられてもなお深淵なる苦海を泳ぎつづけなくてはならなかった王女アンドロマケそのものであった。(ぼくのイリアス・オデュッセイアより、絵は「曳航」2018)






| ないない王のオデュッセウス | 17:54 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
イリアス・オデュッセイア/丸い眼が一つだけの巨人キュクロプス


へーパイストスという鍛冶職人は自由自在に歩くことのできる真鍮製のロボットを造った天才で、一つ目巨人キュクロプスはこの親方の弟子となって、その工房でいろんなことを学んだ。彼はすでに独立して、いまはシチリア島の近くに住んでいた。オデュッセウスはトロイア戦争の帰路、この島へどうしても立寄ってみたかった。世界を二分するほどの原因をつくった美女へレネの秘密を証しておきたかったからである。キュクロプスはキュクロプスで、オデュッセウスがこの島へやってくることを兄のポセイドンからすでに聞き知っていた。

オデュッセウスはさっそくに、美女へレネは機械仕掛けのからくり人形ではなかったのか・・・とキュクロプスにたづねた。すると一つ目をウインクしながら「おまえが持っている白金の、そのペーパーナイフをおれにくれたら教えてやろう」といった。そこでオデュッセウスは左腕のホルダーにつけておいた匕首をさしだした。光だけはりっぱだったのでキュクロプスはよろこんで、すぐにヘレネの秘密をしゃべった。

あれはおれの造ったものではなく、お師匠さんである親方のへーパイストスが造った自動人形で、未来的なイブなんだといった。では、“いのち”の始末はどうすればいいのだとたづねると、キュクロプスは丸いおおきな目玉をぱちぱちさせて、さっき手に入れたナイフを二三度ほど噛むと、まっ赤な顔をして怒りだした。革新素材のステンレス製だとばかりおもっていたナイフがへにゃちょこなブリキ製であることを見やぶったからである。肝心な謎を聞きだせないまま、あとは逃げるが勝ちとばかりにオデュッセウスはその島を逃げだした。老いたキュクロプスは四角い紙切れにスケッチしておいた火炎放射器の操作図面をみつめながら、まだ若やいでいるレーザー光線のような火焔をオデュッセウスの船にめがけてプーッと吐いてみせた。(ぼくのイリアス・オデュッセイアより、絵は「丸い眼が一つだけの巨人キュクロプス」 2018)





| ないない王のオデュッセウス | 14:34 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
イリアス・オデュッセイア/復讐女神エリニュスの島


投げた槍がトロイアの喉元へ当たれば地中海の覇者になれると踏んで旅にでたその男は、テキ屋まがいの家業で一世を風靡したが、故郷へ帰ることもできず、海に浮かんだちゃぶ台のような小島を点々と彷徨いつづけていた。大親分のアガメムノン大王も、舎弟も、鉄砲玉の子分たちも死んでしまって、いまはひとり船をこぎすすめながら帆を操って生きのびていた。

そんなある日、海の真中をいっぴきの蠅が飛んでいくのを見つけた男はポンと膝をたたいて、金色にかがやいた大きな蠅のあとを追った。運よく、イドラ島へ辿りついた。が、ところで、さてさて、頭脳明晰な現代人のあなたは思うであろう・・・この島はその男の神話伝説には登場しないと。しかしながら19世紀末に古代のごみ捨て場からみつかったオクシュリュンコス・パピルスの文書には「復讐女神エリニュスの島」とおぼろ記されてあったのだ。復讐女神エリニュスとは親を殺したり偽りの誓いをする罪にたいして復讐をする女神として知られているが、数は不定で三女神とも多数神とも呼ばれていた。話をもとへ戻し・・・

男はなにも知らずその島へ上陸すると、うすももいろにふくらんだラフレシアのような肉体をもった女がごつごつした岩のてっぺんに横たわっていて、混沌という名のカクテルを飲んでいた。聞けば、ミケーネのアルゴスからイドラまで南下したばかりだったので喉が渇いたといいながら、さっきの蠅の正体はわたしだと挨拶した。男も挨拶すると、女神は「ペーパーナイフ投げ師オデュッセウスのことならなんでも知っているよ」といって笑った。それから、アガメムノン大王を殺害した王妃と情夫に復讐すべく、姉エレクトラとともに実の母親とその情夫を殺して仇を討った弟オレステスにグロテスクな呪いをいまかけてきたばかりだといって、また笑った。(ぼくのイリアス・オデュッセイアより、絵は「オデュッセウスとラフレシア」2018)






| ないない王のオデュッセウス | 15:06 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
YOUNG APHRODITES/春のめざめ


演劇部だったころ部長の Iと映画研究部を立ち上げて部費を稼いだ。
やがてミイラ採りがミイラになるがごとく、他校の学生らと組んで映画ばかり撮っていた。
ゴダール風が多かったかもしれないが、そのころ、ぼくはギリシャ映画『YOUNG APHRODITES』が大好きだった。

あるとき役者をやるはめとなりScene13を撮ったが、その後、ぼくはスキーをしに冬山へ行った。
天気は上々、楽しかったが、帰ってくるとScene13の撮り直しとなった。

毛布の中へ入っていく男、(もだえる女)、毛布から出てくる男。
普通だった男が毛布から出てくると陽に焼けたメガネザルで、再撮影は春先となった。

       *  *  *

下記は、邦題〈春のめざめ〉へ寄せた谷川俊太郎氏の詩です。

愛ということばが生まれようとしている
クローエの息のなかから

心と体がわかれようとしている
クローエの乳房のしたで

海辺の村の愛のあけぼの・・・
その潮騒はいまにつづいて

少女のなかに今日も二羽の鳥がいる
殺された鳥と 放たれた鳥と


https://www.youtube.com/watch?v=wmk3RBOSXX4

ギリシャ映画「Young Aphrodites」のテーマソングです。
ジョン・マルコポウロス作曲のフルートにいかれてました。






| 日々是好日 | 22:52 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
Manos Hadjidakis


学生だったとき友人とともにギリシャ大使館へ行ってわけてもらったマノス・ハジダキスのLP。カセットにはとっておいたけど、LPはいつのまにか行方不明・・・けど、こうして聞けることがありがたい。


https://www.youtube.com/watch?v=gKJCF8eqX3w





| 日々是好日 | 09:50 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
イリアス・オデュッセイア/カリュプソは初戀の味



うつらうつらとして、これは夏の昼寝でみた夢だろうか・・・。さっき二人して飲んだ白いカルピスはもうどこにも出口のない蜜の味がしていた。蜜は甘苦く、初恋の味であった。それがペネロペイアとのものであったかそばにいるこいびととのものであったかすらわからないでいる。そんな自分のからだをみつめながら、オデュッセウスはザクロいろしたこいびとの裸の丘のうなじへ登って、今日も遠い水平線の裏側ばかりをのぞき込んでいた。

光や風がぴゅうぴゅう騒いでいる北回帰線の振動にあぶられて、オデュッセウスは休息のふかみからのがれたいと願っていた。

「こいびとよ! おれはおまえとのここちよい蜜月の打撃からのがれて、にんげんの女が住んでいる故郷へ還らなくてはならない。だっておれは赤い血が流れているにんげんだし、その女ペネロペイアは初恋の人なのだから」

するとドルフィンのようにしなやかだったニンフ・カリュプソのからだがわなわなとふるえだし、腰につけていた花の甘いひだが二人のうえで弧をえがいたかとおもうと、気丈夫にほほえんだ帆をいっぱいに孕んでみせて夢のように美しい船を一艘かたちづくってくれた。(ぼくのイリアス・オデュッセイアより、絵は「カリュプソは初戀の味」2018)






| ないない王のオデュッセウス | 19:07 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
イリアス・オデュッセイア/木馬より花を


チビ助だったころの琥珀を描いてみました。

“身内”を描くのははじめてです。

オデュッセウスの愛犬アルゴスにあやかって、凪渚にて彼におんぶされています。ついでにお話も書いてみました。よかったら読んで下さい。


         *   *   *


むかしのむかし、つぎの王になるための試練として黒海の奥地へ金の羊毛をさがしにいった若者がいた。名をイヤソーンといって、その苦難の冒険をアルゴナウティカという。船大工アルゴスのつくった船アルゴ号にちなんだ物語だった。ほかにアルゴスと呼れるものに、千の眼をもつ巨人がいた。

たぶんそれらから、ご主人のオデュッセウスはぼくのことをアルゴスと呼んだ。

オデュッセウスは小さな島の王であったが、このたびのトロイア戦でギリシャ随一の王になろうとしていた。けれども、じっさいはアルゴナウティカの辿りなおしをしながら20年の歳月を危険にみちた海の上をさまよわなければならなかった。そんな苦難と野心にみちたむごい戦争をさけるため、ぼくは船出の風を止めたのだった。アルゴスという名前をつけられたとたん、千の眼の力を得たからだった。しかしぼくは仔犬だったから、凪はそうながくつづかなかった。(ぼくのイリアス・オデュッセイアより、絵は「凪渚のオデュッセウス」2018)





| ないない王のオデュッセウス | 08:39 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
オデュッセイア乃至エレクトラ


この夏の酷暑、ホメロスの『オデュッセイア』に関する資料をちょびちょびと読んでいる。思慮分別に欠けたギリシャ軍の総帥アガメムノーン王が鼻につく。王はトロイアから帰還して喜びの絶頂にあったところを王妃クリュタイムネストラとその愛人アイギストスによって殺害されるが、なぜにか妙にうなづけた。と同時に、むかしATGで観た『エレクトラ』のパンフを本箱の底から拾い上げながら読んでみていると、イレーネ・パパスの鷹のように高貴な眼差しや悔恨の苦悩を思いだす。エレクトラはアガメムノーン王と王妃のあいだにできた王女であり、実父の復讐のため実母を殺してしまう。その復仇の悔恨はギリシャ悲劇と呼ばれているが、資料の中に「琥珀の道」というのがあって、ギリシャ語では琥珀のことを「エレークトロン」といい、母親殺しのエレクトラの名も同義とのことであった。

なるほど、ボクの愛犬琥珀は“エレクトラ”なんだと知って、すがすがしい暗さのなかでマイケル・カコヤニス監督の冷たくも恐ろしい『エレクトラ』をまた観れたらいいなとネジを巻く。

2018 猛暑お見舞い申し上げます!






| 日々是好日 | 08:53 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
| 1/121PAGES | >>